人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

私の中に答えはある

ブログ読み返すとしんどい。率直に思う。青臭いし至らなさすぎる。

そもそもこの長いブログの殆どが現世のあの人と、天国のあの子に向けた壮大なラブレターのようなものになっているなあと苦笑した。私のここ2年の問題解決はずっとそこをぐるぐるとしている。印刷したら文庫本になりそう。

 

楽しいからやっていたのだ。

最近ほんとにそれを自覚したんだけど、このブログを読み返したら散々書いてあったや。めちゃくちゃ傷付けられてしんどい思いをして、こんなたくさんの言葉に変化するくらい私の心は揺れまくってガタガタなのに、私はどうやらそれも含めて楽しかったみたいだった。

一緒にいたいと思っていた。それは楽しかったからだった。楽しいから関わっていた。それ以上でもそれ以下でもなかった。

目覚める度に全部忘れてく。恋心も同情心も責任感も固執も執着も吹き飛んだその朝の先、でもね、やっぱり一緒にいたことが楽しかった、ってそれだけしか残らなかった。

今、それしか残っていない。

 

それって、ほんとに私一人だけが感じてたことなのかな。想いの強さに差はあれども、あなたにとっては私のことが特別じゃなかったとしても、確かに、あなたも楽しいって思ってくれてたんじゃないのかな。だから、私たち二年間こうやって関わってきたんじゃないのかな。私、あなたにたくさんたくさん傷付けられたけど、冷たくおざなりにされることはなかったって感じてるんだ。

 

だから、それをね。私はどんな形や関係性であろうと、ずっとずっと大切にして繋げていきたいと思っている。刹那的で継続性のないそんなことも思いもよらないあなたの手を掴んで、楽しいからずっと続けたい。私と向き合うことを逃げないでって、私はあなたに提案します。

 

楽しいと思うなら、好きなように進もう。スタートとゴールだけ決めたらあとは目的なんてなくていいよ。楽しいんでしょ。好きなようにやりなよ。会えるの楽しみにしておこうよ。

私の中に答えはあるよ。ここまで考えたんだから大丈夫。そしてあとは、あいつのことを信じてあげて。もう二度とここにラブレターを書きたくない。あいつの手を掴むために、手のひらの怪我が早く治ればいいと思った。

プロローグで終わりにしよう

高校の当時の担任に「どうして学校に来ない。何が不安なんだ。妹みたいに病気になるのが怖いのか?」と問われて、掠ってすらいない御門違いのことしか言えないのか、と驚愕したことを思い出した。教師からもらって残る言葉はそんな的はずれな想像の言葉や、本人は良かれとしてやっただろうなというものが、自分にとっては裏切られた結果となったものばかりだった。

逆に、残る言葉は自分の決断を後押ししてもらった瞬間のものばかりだけど、きっとそこで、その言葉を掛けられなかったとしても自分はそれを選択していたような気がする。つまりは、言葉とかじゃなくて、残るのは何よりも行動だ。後押しする、支えてくれる、ずっと味方でいてくれるという態度が、その場限りの言葉よりも、何よりも自分は信じられるし、実際、途轍もなく救われたのだ。

 

気付いたことがある。自分は妹が病気になったことを中学時代ひたむきに隠してきて、当時の友達に誰も言わないまま、逃げるように高校と浪人を経て大学にきてようやく向き合えるようになった。その上で、ようやく最近小中の友達にぽつりぽつりと話すことができるようになったし、言えなかったのは当時の妹を知る人間がいたからだ。今は逆に妹のことを知りたくて、話して妹のことを改めて共有しながらわかったが、私がシスコンということを案外周りは余り認識していなかったということである。というか、正直誰一人知らなかった。

こんなにも認識されていないのならば「私の世界は妹を中心にして回っていたのは本当か?亡くなった後から無理矢理意味付けをしただけなのではないか?」と自問自答したが、そんなことはなく、まごうことなき本当だし、余りにも当たり前だからこそ、わざわざ周りに言うことも無かったのだなと気付いた。そしてその重さを言わないから当たり前だが、周りは全く知らなかったのである。当時小中の周りに話していたら、それこそ闘病中にしっかり話せていたなら良かったけど、やっぱり死後直後周りに話していたら、当時の自分としては発狂ものだったかもしれない。「こんなに妹を愛してる自分を誰もわかってくれない!」って、いやそりゃ言ってないから当たり前だろ。自分の当たり前は当たり前じゃなかったことに直面した上で、なんだかんだシスコンだね……って事情を知った上で認めてくれる高校と大学の友達はとても貴重でありがたいと思う。器が大きいな。妹を愛してる私を認めてくれてありがとう。ずっとどうされたいか悩み続けていたけど、否定も肯定もして欲しくなかった。ただそうであるものだと受け入れて欲しかっただけだ。それは、妹を知らないからこそできたことなのだと思う。

 

私は特に意識して外で猫被りだったわけでもないけれど、とてもプライドは高かったし、褒められることの多い出来のいい子だった。だから、私のことを完璧だと言わなかった妹がいたことが嬉しかったのだ。妹は私の後をついてきてはいて確かに目標とされていたのかもしれないけど「姉ちゃんは仕方がないよね」と片付けが苦手なこととか、絶叫マシンが大の苦手なことを叱りながら笑う妹のことが好きだった。私が妹の前では限りなく自然体だったと思う。素の自分なんて人間いくつもあると思うけど、少し大袈裟に見栄を貼るけどすぐに剥がされるようなそれでも心の底では信頼してくれてるような持ちつ持たれつの妹との関係性は私は好きだった。確かに出来はいいけど完璧でもなんでもないガサツな私でいることが、私自身一番楽だったのだ。それと似たような関係性を私はきっと、高校と大学で獲得したし、比重として重かった妹の担っていた役割を色々と分配させながら生きている。私は、案外愛がある上でバカにされることは好きだ。

 

プライドが高くて、人に相談することが何よりも苦手だった自分が、びっくりするほど自己開示を軽率に行い、色んな人に支えられて生きている。人に頼って支えてくれることの大切さを知ったし、人に頼ることができるということは必要な身につけなくてはならない能力なのだと思った。私には人に頼るための技能が致命的に欠けていた。一人で抱え込むということはとても傲慢なことだ。自分の事なんか他の誰も気にしてないだろっておざなりにする自分のことを何よりも自分がおざなりにしている。

人に相談したって結局問題は解決なんかしないから無駄だと思っていた。ずっと。

そうじゃない。話すことで整理されるとかそもそも解決を求めてないとか、そんなことですらなくて、人に相談して得られるのは、答えじゃなくて、人と人との関係性だ。相談を積み重ねて築かれた、わたしとあなたの関係性にこそ意味と価値がある。それがようやくわかった。

本質は言葉なんかじゃないんだろう。信じてるよ、愛してるよ。そんなことじゃなくて、態度と行動で示したい。言葉ならすぐに誰だって言える。その場限りで終わってしまう。忘れてしまえる。結局、人が人を信じるのはその貫かれた行動と積み重ねた言葉なんじゃないか。幸せだって、積み重なった何気ない日常の連続なのだと思っている。

 

人と人との関係性が全てだ。それしかわからない。コミュニケーション能力とか、友達が大切だ、とかもっとわかりやすい言葉にしてしまえばものすごく陳腐になっていく。それでも、人と人との信頼関係が築かれるためには、言葉だけじゃなくて行動も積み重ねていくのだし、人に頼るために、私たちはちゃんと自分のことを言語化して伝えないとならない。うまく言語化できないのなら伝えながら自分のことを知っていってもいい。人と人とは完全に理解なんてしあえない。高校教師がどんなに言葉を尽くしたって尋ねたって私の気持ちなんて完全に理解なんてできなかっただろう。でも、わかってほしい。わかりたい。そう思わなかったら何も始まらないし、それがきっとなかったのだ。それは小中の私自身の周りに対する態度もそうだった。

わかってほしかった。妹を好きな私のことを。

わかってくれたから、私は救われた。私自身も妹を好きな私のことを否定も肯定もせずに受け入れることができたのだ。

 

「将来の夢ってなんですか?」

という問いに職業で返さなくていいのだというつぶやきを見た。何になりたいかより、どんな人間になりたいか、どういう生き方をしたいのかってことなのかもしれない。私は、職業を目的じゃなくて手段にしたい。

私は妹を失った痛みに意味を見出すような生き方がしたい。妹が死んだことによって得た、たくさんのことをこれからももっと増やしていきたい。そうしたら、妹が死んだことにすら価値が生まれるし、それはつまり妹が生きていたことへの輝きを増すことにもなるのだ。どうなるかなんてわかんなかったし生きてて欲しかったけれど、妹が生きていたら人の痛みを知らない傲慢な人間のままだったかもしれない。もうそれはわからないけれど。でも、私は今の私が結構気に入っている。それは、妹が私を馬鹿にしたようにみんなが突っ込んでくれて、妹が私を敬愛したように、みんなが私を慕ってくれて、私が妹に頼ったように、みんなが私を助けてくれるからだ。私は妹を失ってもより私として生きている。それに誇りを持てるようになった。

 

自己開示の一環として行ってきたこのブログの存在意義がここで一度果たされた気がしている。私は好きなように私の言いたいことを言語化できたと思うし、それをわかってもらえたような気がする。かなり右往左往したような内容だったが、私の変遷をなんとなくでも感じてくれて、読んでくださった皆さんには感謝してもしきれない。ここで一度エピローグを挟んでいいかな。

 

暇になったら、何食わぬ顔してここに書きにくると思うけど、ここで書くよりもちょっと他に書きたい文章があるなあって感じだ。その告知だけそのうちふらっと現れるかもしれない。

ここでカーテンコールでいいかな。長らくご静聴のほど、ありがとうございました。

結局立ち向かう以外に救われる道はない

めちゃくちゃ死にたい絶望があっても、結局その絶望に打ち勝つ為には絶望に立ち向かわないとずっと辛いままだなんて、人生の構造としてそれでも人間の生き様として、理不尽にもほどがある。逃げて見ないふりをするだけでは真の希望は勝ち得ないのかもしれない。向き合うことで辛いのにそれに対して真摯であることでしか救われないのだ。そこそこの停滞でいることが、少なくとも私は辛かった。自分のことを馬鹿だなあと笑いながら、結局傷を抉って身を投じることで一番の救いを得ているのかもしれない。

人と人との不幸を比べることに何ら意味はないと思っている。自分が辛いと思ったらそれが全てなのだ。人の方が辛いからって自分が辛くない理由にはならない。だからこそ私は、人との辛さを比べるか否かではなく、その本人が辛いことに向き合っているか否かで人の価値を図りたいと思ってしまっている。自分の辛いことを辛いと言えること自体が、とても偉くて素晴らしいことなのだ。自分の辛さを辛いと認めない限りどこへも行けやしない。自分の辛さを辛いと認められたそこで初めて、じゃあこの先どうしようかって進めることができる。そして、自分の辛さを辛いと認められる為にはある程度の客観性が必要なのは事実で、やっぱり大切なのは人との関わりなのかなって思ってしまう。

人との関わりを大切にしている私でも、未だに誰とも会わずに一人で寝ていたい1日がある。だから両立はできるのだ。引きこもりたいからって人との関わりをおざなりにする理由にはならない。両者は共存できるはずなのだ。

友達の、結構ショッキングな家族に関する一年ほど前の図解があるんだけど、最近読み返したら「まだ悩んでいます」ということが最後に書いてあるのに気付いた。そういうこと、一人で決めなくていいんだよって私は言いたい。解決にはならなくても話すことで楽になることを知ってほしい。一時的な解決としては「楽になる」という軽いことなのだと思うけど、それが5回、10回、100回と続いた時のその関係性にこそ価値があるのかもしれない。そういうことを知ってほしいと願う。それこそ人との関わりの中に身を投じて生きていくのならば。

自立できてないことは問題なのかもしれないけど、それとは逆に一人で全部決めて頼らないことや甘えられないことはとても不自由なことなのだと思う。甘えられることも才能だ。甘えることは自分でできることも他人に委ねることで、頼ることは自分ではできないことを他人にお願いすることなのかもしれないというつぶやきを見た。頼ることが下手なのは良くないことだと思う。人は一人では生きて行けないのだ。頼り方を私も今学んでいる最中である。

それでも立ち向かってばっかりじゃ、さすがの私も疲れるし泣きたくなるのだ。そうやって温かいエールが欲しい。早く会いたいと願ってしまう。ばかみたいに。ばかでいいのかな。

愛の受け皿

私は、私のことをめちゃくちゃ幸せだなって今、心から思っている。

第二の故郷だなあっていうところに帰って、みんな揃ってみんなに揉みくちゃにされてぎゅっと愛されて笑って帰って来た。

こんなにもたくさんの、ほんとにたくさんの愛をもらって、それを愛だと認識できて受け取れるだけの受け皿が自分に存在していることは、胸を張って自分で自分のことをめちゃくちゃ褒めてあげたいと思う。

与えることも愛だと思うし、愛を受け取れることも愛なのだと思う。愛することと愛されることに怯えることをやめられてよかった。

自分にそういう受け皿がないと、どんなにたくさんの愛をもらっても気付かずに取り零してし、愛は割れた皿の隙間から全て流れてしまうのかもしれない。自分に必死で、自分を保つのに必死で、心に余裕がないときは、家族も友達も邪魔な存在になってしまう。かつて、私は自分を心配する全ての存在が憎くなってしまうことがあった。

 

元々、私は私のことをすごく恵まれた人間だと思っていたし、それは自他共に事実としてあって、愛されて幸せに過ごしていた。愛を受け止める受け皿はちゃんとつくられていて、たくさんの人に囲まれていたと思う。その中でも本当に一番受け皿から並々と愛を注いで、愛を注がれていた存在があって、それが実の妹だった。

妹が死んで、世界で一番望むことは妹が隣にいることだけなのにどうしても誰も代わりにもならなくて、私は妹から注がれる愛がなくなったからこの受け皿に意味なんてないのだと、叩き割ったのだ。粉々に割れた受け皿を使って、破片で人を傷付けまくった。何よりも私のことを傷付けていたのは私自身だった。外から注がれる愛がひたすらに何もかも鬱陶しかった。

 

そうやって人生に意味なんて一つも見出してなかったのに、やっぱりまた歩き出したのも妹が遺した問いで、未だに答えは出ないでいる。

「教師と学校は妹を救ったのだろうか」

だから、本当は先生になりたかったわけじゃなくて、ただ向き合って教職が学びたかった。そして私はずっと教職に懐疑的だった。

大学で学んでみて、人が好きだし、人が好きな人が好きだと感じた。ただの遊びも全部学問に結び付いた。生き方と教職は切り離せない。教職を志す人は素敵な人ばかりだった。やけくそで飛び込んだ先で、人を失って絶望した私を救ったのもまた、人だった。

 

何があってもずっと私は人のことが好きだったみたいで、人と関わることが好きで、人のせいで傷付く人が好きで、人のおかげで救われる人が好きだった。

愛したら失ったときに傷付くリスクを知って背負って、それによってどんなにしんどくてくるしくて死にたくなると知っていても、もう一度人を愛してみたいと思った。それでもやっぱり生きたいと思えたんだよ。

何が起こるかわかんないし、当たり前の明日もまた今度ね、も来ないことがあることをまざまざと思い知った。明日死ぬかもしれないし、今度も二度と来ないかもしれないことに、すごく心が痛くて泣きたくなったけど、そう思えるくらい大切に想えているんだなって知ることができた。

だから、またねと言いながら手を振った。

 

自分に真面目でありたいと思う。人に何かを教えたり伝えたりするために、まずは自分がちゃんと真っ直ぐ向き合っていたい。自分が向き合えてないくせに、人に何かを高慢垂れることなんてできない。だからお墓に行きたかったし、英語も始めたいなって思う。

すぱーんと飛び出して行く前に、ヒーローでもない私に何ができるんだろうって必死に考えていたけど、何もかも誰一人正しくもないし間違ってもいないから、ちゃんとそれだけ伝えられればいいと思っていた。人に向き合うことしかできないし、それだけはできる。

ずっとお守りみたいに頭の中をよぎっていた言葉と人がいて、何だか人の言葉を借りて動いてる気がした。それでも、その言葉を借りたことも私の選択だ。人に向き合って私が獲得した私の価値観と選択だ。

結局、自分のことを決めるのも自分自身で、自分の考え方を持つことが大切だ、とその人は繰り返し言うから。私だってそう思うし、ずっとずっとそれができなかったのに最近そうできるようになってきた。

だからこそ、その上で人が自分の選択ができるようになるため、できる限り側で寄り添うようなことを人に対してしたいとその人に伝えたい。人間そんなすぐに自分の意見を言えるわけじゃないから。正しさも間違いも決めたくない。中途半端ってわけじゃなくてたくさんの選択肢だけ持っておく。そのどれも選んでいいんだよ、って提示する。相手のことみんな肯定して、その上で話し合って決めたらいいんだよ。

 

たぶん、一生、君のことを思い出すのだと思う。

私が今回みたいに迷ったときに思い出すのは、今までに投げられた言葉と、貫いていたその行動と、傷付けられた想い出と、向き合うことで私が変わって救われたことなんだと思う。

自分が向き合えていないくせに、君のこと救えやなんてしなかったから、向き合いたかった。したら自分のこと気付いたら救えちゃっていたし、やっぱり私は今でも、救われ続けているのだと思う。関わるたびに救われているんだと思う。

私は私が救われた瞬間を思い出して、迷うたびにここに戻って来て、それによって生きていこうと思うから、やっぱりずっとずっと思い出すことになるんだと思うよ。私が前に進むたびに思い返す言葉は、いつも君の言葉をどこかで少し借りている。

それを心から誇りに思うよ。愛されていることを改めて知ったし、愛することは本当に楽しくて幸せなことだと思う。ありがとう。

ほんとにみんなも、心からありがとうございました。

来ないかも知れない未来に向けて、またねと言えることに怖がれることが幸せなんだと思えたよ。

だから、またね。また会おうね。

ただ、今を生きることだけしかできないし、それだけはできる。

タイトルにこう書いてはみたけど、今を生きるってことほど難しいこともなくないですか。だけって。ほんとに実際過去も未来もなくてこの今一瞬を全力で生きることしか人はできないけど、それだけのことがこんなにも難しい。

自分は、周りや一般的な人よりも、きっとずっとフットワークは軽い方だし、会いたい人がいたらできる限り飛んでって会うみたいなことはよくしてるし、受けた感謝と恩だけは口に出して返して伝えるってことは、めちゃくちゃ意識的にやることをモットーにして、生きようとしてはいたんですけど。

それでも、やっぱりいつでも言えるよねって、一番大切な想いは日常に溶けちゃうんだなって思った。

生憎、私は、世界で一番大好きな人に大好きだよと伝えられる時間と猶予が存在していたので、その瞬間を離さずに捕まえられた。(ただその大好きだよで自分を縛ってしまって身動きが取れなくなっていたのも事実だが)それでも「伝えられなくて後悔した」ということにはならなかった。やらずの後悔より、やって後悔の方が自分を無駄に責めなくていいよね。やらずの後悔なら過去と可能性という変えられないものを責め続けてしまうけど、やっての後悔なら自分の未来を変えてまた挑戦し直せばいいだけだし。

そんなどうしようもなく後悔するような、やっての後悔ってあるか?とも思う。私も大学受験とか失敗して第一志望なんて全然入れなかったけど、だからって第一志望に挑戦したことを後悔はしてないし、そこでもがいて描いたことも今に活かせているから結局は過去に対する意味付けなのかもしれない。

 

最近ちょっとだけ、焦っていて、それは周りがすごく真っ直ぐ夢に対して準備を始めているからなんだけど。受験のために、面接練習とかがやっぱりあって「あなたはどういう教師になりたいのですか」ということを聞かれて答えなきゃならない。それはまあ、試験に受かればいいから、試験用に嘘を言えばいいのかもしれないし、どこまで本当かなんてたった少しの面接だけじゃ面接官にも教育委員会にも全部測れないのだと思う。それで足切りをされるこういう受験の制度が私はあんまり好きじゃない。人と向き合う仕事なのだから。

自分は教師になりたいし、でも、なるための心構えをやっぱりしっかり持ちたくて、今の時点で自分の進む道を、本当にやりたいことをはっきりさせておきたい。それがどうあがいてもこの夏と秋が終わらないと決められないから、終わるまでは、そういう教師になるための勉強はしないようにしようと決めている。

だから置いてかれるような気がして焦っているし、逆に私の先を走り出してるみんなも、その辺はもう考えなくて大丈夫なのかなって怖い。それっぽいことをそれらしくいって、受験のためにつくって、それで教師になるのかな。

自分の中から答えを作りたい。正しくなくていいけど、それこそ今時点での答えがいい。なんで教師になりたいかでも、どんな教師になりたいかでもなくて、教師になってこれがしたいと思うことを見つけたい。社会のためとか子どものためとかじゃなくて、私は私のために教師になりたい。人と向き合って大切にして生きていきたいから、教師になりたい。

最近そう思えるようになった気がするし、ちょっと先の未来のことも、つまりは一年後の試験のこともとりあえず見ないふりをして、私は今を生きていたい。今を生きることしか、目の前の人にしか一生懸命になれないけど、それだけはできる。

私は私に正直でありたいよ。

 

やりたいことをやりたくて最近猛烈にたくさんの文章を書き続けているのですが、なんか交互にラブレターを書いてるみたいで気恥ずかしくなってきました。頑張ります。

散文

ブログほどまで成形できずに、一部は昇華できてたのかもしれないけど、途方も無いほどのたくさんの覚え書きとテキストが、iPhoneのメモ帳から出てきた。このまま置いといても見返さないし、消すにはちょっと惜しい言葉達だったので、ならばもうぐちゃぐちゃのままここにまとめてしまおうと思った。

脈絡はないけどいつも書いてるみたいなことばかりな気がします。推敲はもう個人名と句読点以外はそんなにしませんでした。もがいた跡でしかないし、わかってんのに実践できてないことの多さだよ。

 

1.
昨日友達に言われて、すっごいことに気づいたんだけど、学校外で遊ばないと人って仲良くならないんだねっていうか、学校外っていうか授業外で遊ばないと友達になれないんだねって思った。
友達だから授業外で遊ぶのかと思ってたけど、授業外で遊ぶから友達なんだわって思った。
今までの人生において、クラス内でしか顔を合わせない、話すけどまあ授業でしか関わらないっていう人は私の中だと友達じゃないし、逆に自分が友達だと思う人は絶対どこかで腹割って話してたりする。
学校や授業という拘束された時間の中以外で遊ぶことによって信頼感が生まれるから、あくまでも「仲のいいクラスを作りましょう」ってどんなに学級目標に掲げてもそんなの全然友達ではないんだな。
「だからこそ、みんなリアルの友達と授業外で会話するためにTwitterとかのツールを使うわけだし、貴方はそれがいらないからやらないんでしょ」って言われて目から鱗すぎた。
みんなそんな、猪突猛進して腹割って話さないから人間関係としてギブアンドテイクや利害関係で薄いわけだし、だからこそ大学ではサークルに入るわけだしTwitterInstagramをするんでしょって言われてああああってなった。
それに比べて、強制力のない仲の良さ、自主的なコミュニティとか、そういうものは本当に楽しいって私が実感してて思う。
それこそ中学生女子のまとまってトイレに行こうぜとかはあんなの学級内での立ち位置という強制力が働いたものだから友達ではないんだよ。
だからウェイの遊びに行く!!っていう集団は クラス単位でとかサークル単位で遊ぼうぜって言い続けて遊んでいる限りその強制的コミュニティから全く抜け出せてないから全然人間的距離としては友達でもなんでもない。
私が高校のとき生徒会に入っても生徒会で全然仲良くなれなかった理由もそこにあるんだと思う。強制力が働いた集団のまま仲良くなろうとしてたから、あと仕事という強制力からどうしても抜け出せなかった。
集団単位、それこそ学校、職場、習い事、部活動、サークル、バイト先、ママ友というある一種の目的が存在している集団において、その集まるという強制力から抜け出さない限り友達にはならない。逆に言えばそこから抜け出せてしまえば友達になるんだと思う。集団はきっかけになるけど直接友達になるわけじゃない。
学校で浮かない程度にそこそこの付き合いを続けられればいいな、わざわざ外行って遊ぶ意味も感じないなって思っている相手は友達ではないんですよ。
どんなに休み時間に同じ場を共有してご飯とか食べてても、やっぱりそこがなんとなくふわふわとしていたら、それはやはりその目の前の人間に対して必然性は生まれてない。

じゃあ家族に強制力はあるか?という問いは、私はあると思う。
家族というコミュニティに対して、どこかしら強制力を感じた時点でもうそこから離脱するかそれかもう一人の人間として向き合うしかないよね。私は抜け出した上でほぼ友人という形で両親と向き合えたのかな。

というかやっぱりこれは体験談としてそう思うけど、本気で相手に向き合って友達になりたい この人と仲良くなりたいって思ったら向こうも熱量としては同じだけのものを返してくれるし 向こうが腹割ってくれないと思うときはまずこっちが割ってないからなんだよね。
割ってくれるのを待ってるとかどっちが先とかじゃなくて、両方が割らないとダメだ。
こっちが本気で腹割ったら絶対向こうが心開くかどうかはわからないけど、もし拒絶されても全力で噛み付いてくるし熱量としては同じなんだよ。たまに噛みつかれるけど別に噛み付かれてから始まることもある。

一人は傷付かないしそりゃ楽なんだけど、じゃあもうそう言うなら、すべての人間関係を望むのはやめてくれとは思う。

一人で生きていくって言いながら、それでも多少はコミュニケーション取ろうとしてる人のことみんな矛盾してやがるぜって思ってる。強制力の働く下でのなあなあの付き合いもそこそこ楽しいし、それが楽だなあって思ってるのは事実だけど、ただ単にその強制力の先の友達を知らないだけなんじゃないかな。

その先に一歩踏み出したことないくせに面倒くさいとかリスクが高すぎるとか嫌だとか無理とか言うなよ。やったこともないくせに!!
読んでいない本ややったことのないゲームを批判されるのが私は一番気にくわないし、そういうことを対人関係においてやってるんだと思ってしまうんだよ。

 

2.

多様性を認めることと、自分の信念を持つことは共存できる。
他者攻撃はだめだ。

完璧になろうとしなくていいのに。

正しい人間であろうとするな。

自分の意思を持つこと、正しいと思わないこと。

最近私がひたすら考えてるテーマは「変わりたいと思う自己選択」と「正しさに囚われることは人を傷付ける」についてです。
妹執着について変えようとかじゃなくて囚われることを選択していた。
助け合うんじゃなくて支え合いたい。
影響し合う、共有し合う。

不当な扱いをされてることが許せなかった。だから好きになった。

 

3.

選択とは、一生その覚悟をするわけじゃなくて、その時その選択をしたことを忘れず後悔しないことである。
壁じゃなくて、芯と柱。

結婚に絶望感があるのか、そもそも特定の人を好きになることができないのか、性的なものに嫌悪感があるのか、一人で生きていくことに確固たる信念があるとか、どれなのかいまいちわかってない。全部かなあ。
でも今までの言い分からすると、二人で生きていくよりは一人の方が自由わずらしくないしそれだけの強さがあるって柱を立ててるイメージかな。

柱を持ってる君が何よりも好きだし、でもそれと同じくらい心配なだけだった。
あなたはあなたを傷つけることでそれで安定してるのかもしれない。
私が心配するくらいであなたの脅威全てから守れるわけじゃない。でもそれでも、細かい傷にすら傷つかなくて済む選択肢をどうか。

変えたいわけでも、
変えるように仕向けたいわけでも、
働きかけたいわけでもなくて、
関わり続けたい。

人と人が対面してる時点でお互いが影響しあうということって当たり前だから、教師と子どもがいたときに、子どもだけ変えるって考え方が私はそんなに好きじゃない。
人をどこまでも愛せる権利がほしい。

そばにいたいけど手を煩わせたくない。
親の人生は親の人生であってわたしの人生ではないから。

失敗経験から学んで「じゃあ今度はどうやったら失敗しなくて済むんだろう?」って考えて試行錯誤するのが反省で 「一度失敗したからじゃあもう二度とやらない」って決めつけてしまうものほどの怖さもない。失敗してその時負った損より未来の可能性を潰し続けるのが怖い。

手を引ける存在になりたい。
経験は確かに大きな財産だけど、たった一度や二度の失敗で何がわかったのか。その経験でじゃあ残りの全ては危ないと決めつけてるだけなのではないだろうか。

失敗が怖いのは当たり前で、じゃあもう一人じゃ無理なら周りに助けてと言えば良い。周りにそんな人がいるかはわからないけど、少なくとも私は助けてって言われたら、他の全てを投げ捨てて駆けつけられる味方でありたい。私が好きで関わっている全ての人において。

 

4.

その人の人生と自分の人生がこの先重なって欲しいと思うことが恋愛。
その人の人生を見ていたいと思うことが友愛。

明確な名前が与えられているのが家族、明確な名前を与えたいと思うのが恋人。

愛のために努力してもそれに見合うものが返ってくるとは思わないから、じゃあいらないと思ってるんだと思うということらしいです。
そのために何かしら努力として得るべきならば そんな面倒くさいことしたくないし、必ずしもそれで愛が確約できないならやだって。

世界の最上位の幸せが結婚でないとしても、人と人との出会いは運命を変える可能性があるから諦めて欲しくない。
わたしはほんとに君たちに救われている。閉ざすようなことをしないでほしい。
やっぱり親が離婚経験あると結婚願望って消え失せるものなの? 愛が破れるなら最初からもう一人で生きて行こうと思うものなのかなあ。
なんというかほんといろんな価値観や立場や家庭環境の人に触れて生きてきたけど、結婚願望ない奴に対してそれをしろっていうのはマジで傲慢で余計なお世話であるわけじゃん?
結婚が人生においての最高的ゴールとは考えたくないわけなんですよ。それこそ一人で生きていくこと、それかシェアハウスという形とかも、もっと認められるべきだとも思うんだよね。
「本当にいらない 愛は必要ない」と本気で思ってるのか。それとも「努力のためのリスクが大きすぎるからそれを得て必ずしも報われないのなら最初から労力を割く気がない」のかどっち。
でも離婚した家庭を見てるからこそまたそれを繰り返す気なのか。それこそ逃げと諦めなんじゃないか。

「きっと愛されて育ってきたんだろうなあ」っていうし、多分そう他者に依存しあわないような環境下で生きてきたからこそ、自分を守る術をそういう形で確立させてるからこそ多分本当に生きていけるのだとは思う。
わたしとしては後悔しない生き方を選んでほしいし、だからこそ絶対に結婚はする!とも絶対に結婚はしない!と思い込みによって決めつけて欲しくないんだよねって早計だよとも思う。
永遠の愛を語るくせに探そうとする気を全くしてないし、もはや拒んでる。
それを溶かしてやろう!ってくらいの光属性にはなりきれない。
なんというか人と人との運命的な出会いってまじでかける時間でも努力とかでもなくて運命とちょっとの働きかけだと思うんだよ。ほんとに だからこそそこを遮断して最早絶対ありえないって思い込む自体でこう何かを取り逃がすというか……。

私が他者との関係を大切にして生きたがるのは ほんと2年前とかに本気で一人で妹の想い出だけ抱えて生きていこう、このまま指一本動かないまま先の展望もないまま、ああもう生きたくない呼吸だけしたい植物になりたいという地獄をみたから、たぶんその反動で人と関われることに嬉しくて仕方がない。

「人との関係に対して努力しようとは思わない。自分の楽しみだけは裏切らない」ってさ。
私は分かり合えた経験があるから、それを信じたがるし、彼らは分かり合えなかったものを見たからこそ壊れるそれを気にせずにはいられないってどっちもほんと経験に根付いてるから間違ってもないけど両方主観的すぎる。これを価値観というのかもしれない。
人との関わりによって確かにしんどいこともあるし私だって切り捨ててしまった人間関係たくさんあるけど、どうしようもなく人に執着してしんどくて、でもそれを救ったのもまた人だからなあ。

すべての人を切り捨ててしまったら いつかほんとにしんどい時に助けてもらえなくなる。大切にしてたら巡り巡って絶対帰ってくる。人は本当に一人じゃ生きていけないって、体験談の主観だけどさ。

めんどくさいのもあるけど、なんというかほんと人との絆って 努力とか時間量とかじゃなくてタイミングと運!だからこそ、なんかそこの出会いの戸口を閉めてはならない。維持の能力とかじゃなくてほんとに出会いの質なんだよ どっちかというと取捨選択?

なんか人との関わりにおけるめんどくささって めんどくさい人じゃなければほんと出会いの質の問題なんだよ。人の問題。むりな人はずっとむり。合う人はそんな維持に辛さを感じない。

愛ってそんな燃えるようなものじゃなくてなんか日常の中に少しずつあるようなものだよなあと思う。

脳みそが一つしかないから一人しか愛せない。

考えることが防衛本能なところもある。
理不尽な出来事に対してなんらかの理由付けをしないといられなかったというか。
やだーやだやだやだ!!ふざけんな!!!って言えなかったというか。

そこまで諦めることを強いられて思い込んでるというか。
運命なんて大層なこと言うけど、一緒にいて楽しいなあ、もっと一緒にいたいなあ……って思う出会いがあったって、ただそれだけの話なんですよ。
一緒にいるのが疲れるから一人の方がましって決めつけるのもわかるけど、全人類においてじゃあ人といると、必ず辛い思いをするって決めつけるのは早計すぎやしませんかって思うんです。
ずっと助けてって言いたかったけど、その前に一人で生きなきゃならなかったから甘え方もわからなかったし、この寂しいのが普通だと思ってたから一人でも実際生きていけるんだけど思ってた。

やっぱり人にトラウマは存在すると思う。
人にトラウマが存在するというよりは、そんなにも簡単に人は暗い過去を捨てて、未来の可能性を信じられない。

自分が他人に干渉されたくなかったと思ってた
思い込もうとしてた時期があったから仕方がないし、助けを求めるくらいなら一人で解決して生きてきたからこそ、世界が私に厳しかった。

って思うけど世界を厳しいと決めつけて助けを求められなかった私が悪いんだろうな。

私が君たちにあった時もそういう人間だったから、こう何回も色んな話をしていくうちに、すごく勝手に共感するとともに、ああそこまでは私はなりきれなかったなあと思って。
私は妹が死んでるから思い出だけではいきていけないってのもあるかもだけど そこまで一人で生きてく!!みたいなことをカッケーって思ったんだよ。今でも思う。もしも生きていたら、わたしも妹と暮らす人生を選んでいたかもしれない。

ただ二人の気持ち聞いたあとわたし、ずっとずっと悲しくて、同情とかじゃなくて、対面してる人間としてめちゃくちゃ悔しかったんだよ。

プライドかっこいいなあって思うけど それと同時にほんと死ぬほど悲しかったんだよ。
私ほんとに救われて、あの二人そんなつもりなかったけど私は私でほんとに楽しくて、妹と生きてたあれが人生の最上級だと思ってたんだけどそうでもなくて、ほんとこれは私の体験と実感だからなんだこいつって思うかもだけど、ほんと周り含めていろんな人にまた怒られたりしたんだけど。
でも、本当に人は世界で大事なもの作ってても他にも作れることわかったんだ。

光属性が正しくとも正論でも私はそうはなりきれない。どんなに無駄でも悪でも意地でも人の拘りをいらないって捨てられない。
だからこそ私は、それに拘ってることをかっこいいと思うけど同時に悲しくて寂しいと思う。

私は救われたし自分を構成する要素すべてにおいて感謝したいから。

 

5.

友達が家に来てゲームしてただただはしゃいでるって私にとって他には代え難いくらいの幸せなんだよな。それは友達が好きってわけじゃなくて、友達のポジションがかつて妹が担ってた部分で自分がどうしても補いたくて仕方がなかった部分だから。
でもこの友達対して永続性は感じないし、この生活もあともはや2年と少しで終わりが来るし、そういう意味での永続性と無邪気さを私はまた別の人に求めたがってるんだろうしな。
妹の代替を探し続けているのはずっと感じて悩んでたことだ。亡くなった人の代わりにはならないけどやっぱり今はもう無い同じような幸せを求めてしまうのは自然なことなんだと思う。

 

6.

夏と一緒にこの恋心も死ねばいいのにな。

私こんなめんどくさいし、どんくさいし、それこそこうやって一緒にいても心配ばっかしちゃうし。何か求めることも怖くてできないし、なにもあげられないし、
口回らないし、その分ほんとに考えることしかできないから。
こうやって無条件に承認することしかできない。

 

7.

ほんとに心配してるのもあるし、私の利己的な気持ちでもほんとに教師に向いてると思うし、尊敬してるから、そういう意味でどんな形でもどんな些細なことでも手伝いたい。
プライドが傷付かない程度に手伝いたいと思ってるし、もはやそれで単位落とされた方が心痛くなるから、頼ってっていうのも負担なのかもしれないけど、ほんと出来る限り尽力したいしさせて欲しい。

何かしてもらいたいわけじゃない。あなたのこと一番側で支えられる権利がほしい。
27歳以上生きる理由がなかった。
エンディングみたいで出来すぎた物語みたいで
そういうとこに共感してたよ。
43歳で死にたいなんて。
同情から始まった。
恋愛にかまけてるだけで世界は平和になる。
死者に執着なんてしなくて済むんだと。

わたしはわたしの人生を歩んでいいのか?

なるほど、このぽっかりした時間にずっと妹がいたのか。
何年経ってもやっぱり一番に伝えに行きたい人がいなくてそこがずっとぽっかり空いたままだって。

私ずっと人に頼ることが苦手で、抱えてるアレな事情も事情だったのもあって 中学時代話したことに対して、ほんとにごめんって罪悪感抱え続けてたんだよね。話してくれてありがとうって言われた気持ちが全く理解できなかった。
人に頼らないことは美徳じゃなくて弱点ってなるほどなあ。

 

8.
好きだった

ただ一緒にいたいし幸せになりたかった
片想いだからほんとにどんなことでも喜べたし
わたしのことをいらないことも好きだった

ほんとにほんとに好きだ

わたしの1番の願いが人の蘇生で それを願いつつ叶わないことへの理性と感情の葛藤のあまりに精神を壊したので そこから1番の願いを諦め続けて生きてきたのでなんか人に願っちゃいけないみたいな方程式があって 叶うかどうかは別として言う事に意味があるのだと思ったから

ずっとずっと死にたかったし将来的に絶対にあの時ほどの幸せなんて訪れないと思ってたけど
現実を見据えてリアリストな君をみたからどうしようもなくわたしは未来を信じたいと思った
君のこと考えて好きになったからわたしは過去に固執しなくなったしいろんな可能性を信じられたと思った

環境の主体に君がいなくとも 私は君を必要として 君がいるからこそただその存在にほんとにほんとに救われてだから大好きだということをどうしても伝えたかった
ほんとにありがとう
もしよかったらまたずっと仲良くしてください

多分これからもわたしは君について悩み続けるしいつかそうやって別れがあるのかもしれない
それでもこうやってとりあえず悩み続けた一年が無駄にはなってないから何にもならないわけじゃないと思う

だから 自分の可能性を未来の可能性を信じて欲しい
私じゃなくても私がもしダメでも選択肢を少しでもいいから広げられたらいいと思う

 

9.
 I wanted to grow up together with you by your side.

  私はあなたのそばで一緒に成長したかった。 
I want to grow together with him.

私は彼と一緒に成長して行きたい。 

 

10.

何であの環境が気に入らなかったの?

私のこと傷付けると思って話さなかったんだね。私はそう思わなかったからびっくりした。
話さないとわからないことがたくさんあるのだと思った。

羨ましいと思った。
そこまでかけられて大切にできる家族がいて、そのための行動力も信頼感もある君のことが、当たり前の家族を当たり前の様に大切にできることが。
私もやりたかったしやってたことだ。当時中学生だったしどうしてもやれる範囲は限られていたけど病院には入れるのって15歳からだからきょうだいでも病院にも入れないし、だから土日がぜんぶお見舞いで潰れてもまともに母親も父親も家に帰らなくてもそれがあるべき姿だと思ってたし、骨髄移植のドナーのリスクも考えずにあげて助かるのなら何も怖くなかった。死んでほしくなかったから。
妹は私と一緒に幸せに生きて欲しかったし私は何よりもそれを優先したかったからそれが私の幸せだった。
それと同時に誰かに助けてほしいとずっと思ってた。
私も家族が大好きでたまらなかったけど それでもどうしても無力感とやりきれなさがあって散々逃げたことがあってそれこそあの部屋も荒らしてぜんぶめちゃくちゃにした。

私も家族が大切だから考えてることや家族にかける思いを否定できなかったし言えなかった 。
だからそれがお前はお前のことをわかっていないって言われたのもそうだし、何がが言いたいのかわからないって言われたことなんだったと思う。
どんな人生送ってきたかはそりゃ全部は知らないけど断片的に聞く限り結構しんどそうだけど その中で自分を見失わずにそのまま、人間が好きなままなんだね。

家族のことある程度少しくらい逃げてもいいからもっと他の大切な場所を作ったほうがいいと思った。
そのための場所になれたらいいとずっと君に対して働きかけてた。

どうでもいいと思わないでほしい。
家族も大切にしていいから、誰か、じゃない 他の誰でもない私のことも大切にしてほしい。
私を大切にすることで自分のこともっと大切にしてほしい。
これからもっと何かがあればいいと思った。

 

11.

何かを選び一つのこと選択し続けることは一途とか初志貫徹とか聞こえはいいけど他の可能性を潰し続けることでもあるんだなあ。

明確にどんな教師になりたいかを考えてないから楽な方に逃げていくんじゃないの。

教師なんかやめちゃえば。

柱や芯や軸があるって、結局トラウマになってるだけなんじゃないの。
私だけの価値ってなんだろう。

遠い未来の誰かが。

助けてくれって言われないと何もしない教師ってどうなの?
だから私はあなたに関わり続けて何とかしたいと思えるようになった。ここまで来た。

そんなに教師になりたいなら どうして真面目にやらないの?
嘘は自己暗示だよ。

 

12.

勝ち負けや正誤じゃない。

選択肢の提示が大切。

愛するとは何の保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。

 

13.

『夜と霧』

真っ当に苦しむことは、それだけでもう精神的になにごとかをなしとげることだ、ということを証していた。最期の瞬間までだれも奪うことのできない人間の精神的自由は、彼が最後の息をひきとるまで、その生を意味深いものにした。
強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきことを体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ。
およそ生きることに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。
おおかたの被収容者の心を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるか、という問いだった。生きしのげられないのなら、この苦しみのすべてには意味がない、というわけだ。しかし、私の心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。すなわち、わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。もしも無意味だったとしたら収容所を生きしのぐことに意味などない。抜け出せるかどうかに意味がある生など、その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで、そんな生はもともと生きるに値しないのだから。

絶対的な未来喪失を骨身に染みて味わったのだ。それは、あたかも死者が人生を過去のものと見るように、その人の人生のすべてが過去のものになったとの見方を強いるのだ。

現実をまるごと無価値なものに貶めることは、被収容者の暫定的なありようにはしっくりくるとはいえついには節操を失い、墜落することにつながった。なにしろ「目的なんてない」からだ。このような人間は、過酷きわまる外的条件が人間の内的成長をうながすことがある、ということを忘れている。収容所生活の外面的困難を内面にとっての試練とする代わりに、目下の自分のありようを真摯に受け止めず、これは非本来的ななにかなのだと高をくくり、こういうことの前では過去の生活にしがみついて心を閉ざしていたほうが得策だと考えるのだ。このような人間に成長は望めない。「強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、私の真価を発揮できるときがくる、と信じていた」けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。おびただしい被収容者のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、あるいは、ごく少数の人びとのように内面的な勝利をかちえたか、ということに。

わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

わたしたちにとって生きる意味とは、死もまた含む全体としての生きることの意味であって、「生きること」の意味だけに限定されない、苦しむことと死ぬことの意味にも裏付けされた、総体的な生きることのの意味だった。この意味を求めて、私たちはもがいていた。

自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。

わたし個人としては、希望を捨て、投げやりになる気はない、とも言った。なぜなら、未来のことはだれにもわからないし、次の瞬間自分になにが起こるかさえわからないからだ。

人間が生きることには、つねに、どんな状況でも、意味がある、この存在することの無限の意味は苦しむことと死ぬことを、苦と死をふくむのだ、とわたしは語った。

 

14.

わたしは日々少しずつ伝えることしかできない。

伝えるときにびしっと何かを伝えられないから。

文字コミュニケーションが苦手なんじゃなくて、人に対して真摯でないだけだ。話し言葉が好きだからって文字がいらない理由にはならない。
救われたいと幸せになりたいと思ってたけど、幸せになってたんだよね。だから幸せにしたかったんだけど。ここまでが今までの私で、だからこれからは幸せにしてくださいって思う。

変わってて変わってまた変わって戻ってきたような気がする。
あなたよりあなたのこと考えてた気はするけど、向き合ってなんてなかったから。

人と向き合うってどういうことなんだろう。人は死んだらどこに行くのだろう。
向き合うって、私の中にいること。

聞いて、拾ってくれると委ねて信じて話そうか。

 

抽象を取り払って、今、目の前の人をみること。

ニュース見てからどこか大分気分が暗くて、さっきまで気絶してたのでやっぱりトラウマは改善されてないのか〜っていうか乗り越えられるものでもないよなと思いました。自分はこうやって亡くなっていく人にたくさんたくさん触れ合っていくかもしれない仕事に就きたいと思っているので、この先の進路でいいのか、こんな遠くの会ったこともない人のニュースで自分のことがフラッシュバックして傷付いてるなら余計無理じゃないのか、もっと見ないふりして生きていけるはずだぞ、とぐるぐるぐるぐるしていた。

 

美しい話ですよね。本人が美しい話とか可哀想だと思わないで欲しいと願っていたことも含めて本当に皮肉ながら美しい話ですよね。「愛しています。」で人生の幕を下ろせる、死者がここまで気高く一瞬一瞬を強く生ききったことに比べて、遺される人たちのなんて弱いことか。

生前の死者が美しいほど、気高く強く生きたほど、本当に皮肉ながらその美しい思い出がどこまでも呪いになって蝕むことを、痛いほど、それこそ死にたいほど知っている。でもあんなに生きようとしていた死者に顔向けできないから死ねなくて、それでもあなたのいない世界は色がなくて死にたいと願ってしまう。美しい想い出に、私だって、ほんの1日だけでいいから帰りたい。そうしたらこの先それを抱えて生きていけるような気がする。

ただ、想い出は美しいけど、自分は、その想い出を抱えて呪いのままそれでも生きたいと思って、生きる人間の方がずっとずっと美しいと思っています。強さが美しいなあって。

だから今は悲しんでいい、現世のことは地獄としか感じられないかもしれない。それでもやっぱり過去を取り戻したいって思いは消えなくてもいいから、それと同時に、未来を生きてみたいよって思える気持ちが育まれたとき、それが人間の強さなんじゃないかな。

妹の葬式の時、「これからがつらいんだよ」って言ってくれた妹の友達のお父さんがいて、そのお父さんも昔、家族を亡くしていて、「よくがんばったね」とか「つらいよね」って他の人みたいに言わなかったその意味がやっとわかった。きっとその人も今でもつらいまま、それでも、今を生きてみたいと思ったから、そうやって私に言葉をかけることができたんだなって、私も今なら同じように思うし、声をかけたいと思う。ニュースを見ながらそんなことを考えていた。

 

抽象的なことって人間理解に遠いねってすごく最近感じる。というか、自分がずっと考えてたことの全部の悩みは、人を真っ直ぐ見ることで解決するのだということに気付いた。

「彼氏」が欲しい。

「彼女」はいらない。

「障害者」は生きる価値がないから殺した。

自分だけじゃなくて「他のみんな」も傷付くよ。

うちの学級の「子ども」は荒れてるなあ。

「家族」だから離れられない。

「誰」もわかってくれない。

「全人類」とわかり合う気がない。

「社会」の中で私は価値がない。

「世界」平和を目指したい。

 

括弧で括られたたくさんの抽象は、もっともらしいことを言っている気がしてるけど、実際の人とか社会とかの様子が何一つ見えてこなくて、それってただ枠組みの中に詰め込んで、とりあえず無理って決めつけてるだけなんじゃないかって。

ねえ、私を見てよ。目の前の人を見ようよ。誰だってこんなサインを出してるんじゃないかな。私だってそう思ってる。

変なラベリングや立場を取っ払ったとき、それ以前に、人と人でしかないから。私とあなたの話でしかないから。私はまずそうやって、どんな立場でも誰に対しても向き合うことしかできない。向き合って見つめて愛することしかできない。それも今。過去とか未来の誰かじゃなくて、今のあなたを見ることしか、できない。逆にそれだけは、できる。

相模原事件のことを考えていたんだけど、あの被告は結局、障害者のラベリングを外せずに社会的に価値のない人間は死ぬべきだという優生思想に、理想に走ってしまった。障害者を障害者としか見ることができなくて、人間だと、一人の意思を持つ人間だとわかってあげられなかった。人と向き合えなくて、抽象に逃げて世界平和を謳った結果があの悲しい事件で、言葉がなくても人間だとちゃんとわかってくれなかった。

目の前の人を、過去も未来も何も考えずに見据えるってことの難しさってとてつもないなって思う。過去に縛られて未来は暗いと決めつけて自分のことしか見えてなかった私が、目の前の人の今を考えられるようになったのは、今が、楽しいからなのだと思う。

生きたいと思った。だからもっと幸せに生きたいと思う。

全人類無理でも、お前ならいいよって言われたいって最近思ってるな。

 

そういや「愛しています。」と言った彼女の呪いに対して、うちの妹が遺した言葉はそういやめちゃくちゃ抽象だったなということを思い出した。

「ひとってなに?みんなってなに?」

正確には「ひとってなに?」って聞かれたから、私か母か父かわかんないけど誰かか「それはみんなだよ」って答えたら「みんなってなに?」って質問を重ねられた。ひとやみんなが何かって結局その時はうまく答えられなくて、伝えられなかったから、私はその答えをずっと、今の今まで探してた気がする。

「ひともみんなもわたしのことだよ。わたしがいるよ」って今なら迷わず、手を握って真っ直ぐ答えられる気がする。抽象じゃない。具体で。あなたの闘病の過去も死後の未来もない。今、この目の前にわたしがいること。ただその一瞬を大切に伝えられたらよかった。

それがなんとなく最適解かなって今、思うけどこの答えは今だからこそ出せたから、あのとき戸惑い傷付き苦しんだ、自分のためにこの結論を今は、ここに置いておくね。

 

それでも妹の遺品を辿ると大切なものの欄に必ず「家族」って記されているのを少なくともわたしは気付いているし、あの子は最期に、母親の方に手を伸ばして抱きしめたのを知っているから、結局あの子は、わたしと父と母に尋ねながら、ひともみんなもなんなのかわかってたような気がするな。

わたしは病院に着いてから錯乱してからの妹がずっとずっとこわかったんだけど、やっぱりあの子はどこまでも強い子なので、最後まで人間の真理をちゃんと考えてわかって、訴えていたようにも感じる。死んじゃって6年とか7年とか経つし私がようやくたどり着いた答えを最初から持ってた気がして、ああ敵わないなって思っちゃう。一生もう敵わない気がするけど、こうやって私の中で問いとして命題として生き続けてくれるんでしょ。

ならやっぱり、私はまだそれを解決し続けなきゃならないから、一緒に戦って生きてくれ。生きたい。時々やっぱり呪いになるけど、これは、私の死にたい理由であり生きる理由であるから。

だから、末長くよろしく。