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人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

誰でもいい、なんていう悲しい連鎖を断ち切れ。

人間に代替はきくのか、ってことをずっと考えてた。

「あなたの代わりなんていないから死なないで」なんて言葉は自殺を止める常套句としてありふれてる。命に代替も何もないことはみんな知っててとっくにわかってることだ。

 

それでも、誰しも「ここにいるのが自分である必要があるのか」って考える瞬間があるんじゃないかって思う。それこそ友達同士でいても、言ってしまえば彼氏や彼女でも、別にここにちょうどよく嵌る立場が、他にあれば、自分、である意味も必要もないんじゃないかなって。自分がここに嵌ったのもタイミングが合ったからだって。一緒に学校でつるむ存在、ただ誰でもいいから好きだと囁いて抱きしめてくれればいい存在。その人間関係に亀裂が入って失敗したら立場を取り替えればいい。切れた人間関係は断絶するか、知らず知らずのうちに疎遠になっていく。くるくる、くるくる、その立場が必要だから代替のきく人間関係を探し続ける。一人はさみしいから。

 

この人がいないと回らない、っていう集団や組織は存在しないと思ってる。一人欠けて倒れてしまう組織は所詮、その程度の維持不可能なものだったのだ。特別な立場を求められて、そこで叶える人間関係は確かにたくさん存在していて、そこで立場を果たすことで生き甲斐とか、生産性とか、組織の存続に繋がっていく。でも、そういう立場の代わりはいくらでもいても、どうしても、存在の代わりはあってはならないと思う。

 

「この人だから意味があった」って思える、代替とかそんな話ではなくて、意味付けの話。「この時、この人がそばにいてくれたから、だからこんなにも救われたんだ」って感じることができる、そんな素敵な関係性が確かに存在してることを知った。そこに友達とか恋人とかそういう押し込むような立場や枠組みなんてひとつもなくて、ただ「わたしと、あなたが、ここにいることに意味がある」と思えたから、代替のきかないというか、そもそも、代替という概念のない人間関係があることを感じた。

 

人間関係って鏡写しで、相手が自分である必要を感じてないなあって思うとき、ほんとは自分が相手である必要を感じてなかったりする。お互いが壁張って、代替がきくよね、もし大切にして裏切られた時に傷付くのが怖いからってどっちも日和ってるから、やっぱりどちらかが、壁を壊して信じることを始めないと始まらない。そこで、ハンマーを持って壁を壊せる勇気を自分は持っていたい。裏切られても相手を詰るのではなく信じた自分を責める。信じたことにちゃんと責任を持ちたい。

 

誰からも自分が必要とされてないと思うとき、ほんとは、自分が誰も必要としてないのだ。それかほんとに誰でもいいと思ってる。誰でもいいから自分を肯定してくれ、だなんて、それは「誰か」っていう立場を求めてるだけで、特定の存在を求めてるわけじゃない。だからいつまでも寂しいままだし空虚が埋まらない。

誰でもいいと望んで埋まった、その「誰か」の立場は、代替がきいてしまうから。一生顔のない誰かを求めて彷徨って、でも人間ってこんなもんだよね、大人って寂しいよねって、みんな諦めてる気がする。すごく悲しい連鎖だなあ。

 

 関わる人間の全てが代替がきかない存在だ、までは言い切れないし、そこまで人を無条件に愛せない。それでも、その中の少しでも、この人だから意味があったんだって信じられるような存在が誰しもあって欲しい。

 

信じるって何だろう。この人はこういう人だって決め付けたりこの人ならこんなことはしないっていうのは信じるってことじゃない気がする。信じてるって伝わらないし、そもそも人のことなんて完全に理解なんてできない。

ありがとう。あなたでよかった。あなただから意味があった。そうやって言い続けることも信じるってことになるんじゃないかな。信じてることを伝えられるんじゃないかな。

 

この人は都合よく側にいたから私であることに意味を感じてないんだなって、思う瞬間がたくさんあったけど、多分それは私も同じように思ってるんだと思う。誰でもいいから慰めてくれと泣いて床に伏せてたけど、別に全然誰でもよくなかった。

誰でもいい、って枠を埋めることを求めるんじゃなくて、あなたがいいって存在を求めたい。その意味付けをしたとき、そしてその意味付けを相手もしてくれた時に、すごく満たされると思う。人を信じることは怖いけど、そうやって悲しい連鎖をどうか断ち切って欲しい。

 

(いつもはしない主義なんですけどうまくまとまらなかったので加筆修正そのうちしそうです。)

300の殺人と20000の自殺

つぶやきぼやき

どうしようもないやり切れなさに苛まれたとき、最近知ったあるデータを思い出すようになった。2015年、今、日本国内での年間の殺人による死者数は約300人だそうだ。それに対して、年間の自殺による死者数は20000人を超えている。夜道で突然人に刺されて殺されるより、人間の狂気は、本当は、内にあるんだなということを知った。自分を殺す敵は自分の中にいるのだということがずっと頭から離れない。猛烈に死にたくなるたびに、そのことを思い出して踏み止まるような、振りをしている。

 

いやほんとはね。もっとハッピーなことを呟きたいと思うけど、ここはやっぱりある程度キツい事ばかり抽出しちゃってるので、ここしか見てない人には迷惑や心配を掛けますね。コメントとかくれるなり個人的に連絡をくれれば、擬態してハッピーなこと言えるかもしれないし、逆にここに書くという作業をしたことでハッピーになってることも割とあります。ごめんなさい。あくまでここは掃き溜めでしかないです。あと自分のその時考えていたことを覚えておくためだけの場所です。アクセス数とかそういう数字では何の救いにも足しにもならない。見てるだけじゃなくて、何事もきっと、声を掛けないと何も起こらないのは一緒なんだろうな。

 

自分では、まじでここ一年くらい自他共に、失敗してもへこたれないメンタルの強さを売りにして頑張れてきたんですけど、一週間前とかに余りにもショックなことがあって、ずっと手が震えていて動けなくなっていて、こんな、人は、たったこんなことでショックを受けて立ち直れなくなって簡単に死にたくなるんだあということに絶望してました。こんなに積み上げて自分励ましてきたのに、全部、嘘で無駄だったのか。何も変わらない弱い自分のままじゃんって。ショックを受けたことにショックで、絶望して、死にたくなる自分のこと甘やかしたくなって、誰のことも大切にする気がないのに、とにかく誰でもいいから自分のこと必要だって言ってって吐いてました。

未だに思い出すたびに手が震えるし胸がずっとえずくほど物理的に痛い。精神的なことなのに身体がちっとも動かない。たったこれっぽっちの他人のことで、こんなにもショック受ける自分が弱くて可哀想で、誰かに哀れんで欲しかった。ああ死にたいなあとメンヘラばりのことを思ってる自分が、そんなのとっくに克服したはずなのにキツいなあと、それでも死にたいなあと思ってました。

床に伏せてることしかできないのにだんだん横になることが辛くなる。足が痛くなる。引きこもりの頃を思い出して死にたくなる。部屋がきたないから病んでいくのだとわかっていても、部屋を片付ける気力が湧かない。気晴らしをしても何一つ気分が晴れない。何も考えたくないから現実逃避して眠る。そして夢を見る。当たり前のように生きてるあの子が自分を叱る。泣きながら目を覚ます。

調子がいい時は芋蔓式に全ての物事にプラスの意味づけができるけど、こうやって調子が悪くなると全ての物事にマイナスの意味づけをするから自分の生存理由を疑って、死にたくなる。

 

今回元気になったのは、自分はずっと諦めてたし、周りも言ってたし、ほんとに絶対無理だと思ってたことが、何か知らんうちに叶ってたからだった。めちゃくちゃ泣いた。泣きながら部屋の断捨離をした。どうやら自分じゃなくちゃ駄目なことみたいだったから、ああ生きてていいんだ。15の時に死ななくても意味があったんだって思えたからだった。やっぱり誰かに必要とされたかった。

 

今回のことでこの死にたがりは治んないなと確信したし、諦めた。弱気になった時に、自分は多分、死を逃げ場にしたがる。死なないけど、死にたがりは治らん。

全部が元気になることは無理だし、狂気は自分の中に孕んでるってずっとわかってたのに余りにも幸せすぎて、ちょっと忘れてた。

死にたいって気持ちはずっとあって、それよりも少しだけ、生きたいとか、生きてていいんだって気持ちが上回るから、上皿天秤はぐらぐら揺れて生きる方に傾いて何とか生きてる。

 

いやまじで死にたくなるほど傷ついたので、この傷ついたことは喉元過ぎても、熱さは忘れたくないなあ。傷ついたって事実を忘れたくない。別に向こうが悪いわけじゃない。だから被害者ぶれないし責任転嫁なんてできないから余計傷ついた。結局自分を責めたのは自分だ。こんなに傷ついたのは、相手を信じた自分が揺らいで、過去の自分を疑ったからだ。

 

珍しく最初から、人との付き合い方を間違ったかなあと考えていた。出会わなきゃよかったって今更考えてもどうしようもない後悔をした。

周りに自分は間違ったかな、って聞いたら、やっぱり何かが違うんじゃないかなあと言われた。みんなそういうなら、じゃあ、間違ったのかなあと考えてた。

でも、全ての人間関係なんて最初は信頼がないと始まらないし、そうやって始まった人間関係しか、今、自分は持続してない気がする。

それこそ、好きです付き合って下さいって言って相手の気まぐれで偶然、みんなの言うそういう意味でうまくいっていたとして、結局信頼の存在しないそんな関係だったらすぐに捨てられてポイで二度と口なんて聞いてくれなかったんだろうなと思う。ポイされなかったのも、もしかしたら温情なのかなって一年前のことを思い出していた。ポイされるかもしれないと怖がってたけど、そうされなくてめちゃくちゃ安堵したあの瞬間のことも。

ポイされてもいいから付き合いたいということを目指し続けられなかったから、お前は間違っていたし愛も恋も知らないんだよ、って言われてもよくわからない。そんな簡単になくなってしまうような人間関係は、最初に好きになった時から望んでなかった。

望んでもなかったし自分にはそういう刹那的で人間関係をポイできるような器用なことは、何一つできなくて、仲良くなりたい、わかりあいたいと思った人間に対してはまずはとりあえず、向き合うことしかできなかった。

どんな相手だってそうだよ。母だって父だって、いつもそばにいる友達だって、疎遠の友達でも、目の前の子どもでも。だから好きになった人でも、自分は、その人に一目惚れなんてしなかったから、だから人として、向き合いたかった。

それが間違いだったというなら、世の恋愛の多くが捨てられて断絶して終わりだというのなら、やっぱり自分は強欲だから捨てられたくなんてなかったんだよ。確かな友愛の先にある愛が欲しかった。

友達になりたかった。その想いはずっと最初からあるし、今も変わらないし、今もその友愛の先に本当の愛があるのか、ないのかはわからない。それでも信頼できる友達になりたいと思うって気持ちもほんとだから。

でも、例えば恋が叶わなかったとして、じゃあ積み重ねてきたものも信頼も何もなかったって思いたくも後悔もしたくもないなあと思った。いやでも好きになった相手、いくら積み重ねても更地にしかならないような相手だし、未だにポイって捨てられそうだ。あとそういう可能性がないって断言されて死にたくなるくらい予想以上に傷付いたからなんか全然ダメだ。怖い。傷付きたくない。

 

だから保身に走ることにしますよ〜〜!! なんか本気で他のものも色々探してそれでもやっぱりダメだったらまた帰ってくる。ちゃんと失恋しよう。傷付いた自分をちゃんと可哀想だと自分で言って引導を渡そう。ありがとうね。また、ここに戻ってくるだろうか。

 

悲しみに向き合う

低気圧と歯痛と腹痛と精神的ストレスのフルコンボでぶっ倒れてました。これから鎌倉に言って江ノ島の海で叫んで来たいと思います。ふざけんなって。幸せになってくれって。

 

人は自分のためには生きられないんじゃないかなってことを最近思ってる。自分の中だけで自立してちゃんと生きようって思ったってどこかで限界がきて、自分で自分のことなんて励ませなくなっちゃう。

だから、あの人がいるから自分は生きよう。あの人を大切にするから自分は生きなくちゃならないって、人を大切にすることが生きるためには必要なんだと思う。生きて、生きて、いつか笑って死ぬために。

あの人には自分がいないとダメだとか、あの人がいないと生きていけないとか、他者に生存権をぶん投げるような生き方だと、多分自分のことは大切に出来ないんだと思う。

自分を一番大切にするのは、やっぱり結局自分であって、でも自分一人じゃ自分のこと大切に出来ないなんて、おかしな話だけどそんな気がする。

 

悲しみに向き合う、ってどういうことだろうって、この前自主ゼミで話題になった。3.11とかいじめとか離婚とか配偶者や家族の死別とか、悲しいことがあったとき、それをトラウマとか言い訳とかにせずに、前に進むためには具体的に何をしたら、向き合うってことになるんだろう。

アウシュビッツ収容所に入れられた経験のあるヴィクトール・フランクルという人がいて、彼は著書の中である方程式を述べていた。

「絶望=苦悩-意味」

意味という項が0であれば苦悩はそのまま絶望になってしまうが、苦悩と対等、またはそれ以上の意味を見出すことが出来れば絶望はなくなるというものである。言い換えれば、意味のない苦悩が絶望である。

それを引用して東京大学教授の福島智がこう述べている。

この式の右辺の「意味」の項を左辺に移項すると、

「絶望+意味=苦悩」

となり、絶望に何らかの意味を付けてしまうと苦悩になるとも解釈できる。意味さえあれば苦しいから不幸だってわけじゃなくて前を向いて生きて行くことができるのだと。

 

悲しみは絶対なくならないものだし起きたことは変えられないと思う。私だってそりゃ妹を亡くしたという事実だけはどう頑張って捻じ曲げられない。あの時生きてるうちにこんなことをしておけばよかった、とかの後悔はやめた。だからそこは諦めた。彼女の死を何かに生かそうとも頑張ったけど無理だと思った。それでも踠いて苦しんでたら自分より苦しそうな人を見つけて、その時初めて妹が死んだからこそ人に寄り添えることがあるのだと知った。妹が死んだからこそ、寄り添ってもらえる人の優しさを知った。妹が傷でもトラウマでも同情を誘うものでもなく、人と関わるためのツールになった。その時初めて、妹の死に意味が生まれた。妹が死んでしまったからこそ築けたコミニティに支えられて、自分は今、生きている。生きようとしている。

 

悲しみってその瞬間が苦しいんじゃなくて、それを後から何回も何回も何回も反芻して自分のことを責めることが、そしてまた似たような経験にぶち当たって尻込みしてしまうことが、自分の傷としてトラウマとして育っていくんだと思う。あとドラマティックな悲しみがみんな好きだから、その瞬間の悲しみを切り取って、それこそメディアで取り上げたりドラマにしたりしてる気がする。悲しみってもっと長期的なもので、人が死んで悲しいんじゃなくて、あの人がいない人生を歩むことが辛いんじゃないか。

だから、悲しみに向き合うとき、その長期的なものごと向き合わないとならない。人が死んで悲しくったって今の今まで生きてしまっている。その生きてしまっているし、生きれている苦しみに向き合って、その悲しい瞬間の延長線の、今のことをちゃんと見据えないとならない。そして、未来のことも。好きな人をなくした、壊れた、失ったその先、自分はどうやって生きていくのか。

ゲームクリアエンドロールの真っ暗のその先、確かにあなたは生きていて物語は続いていく。ゲームじゃないんだから、人生は愛する人がいなくなったくらいじゃ終わってくれない。

 

人に傷付けられて長期的にできた傷は、特効薬とかなくて結局長期的に直していくしかないんだけど、それでも人によって傷付けられたのなら、癒すのは結局、また、人でしかないと思う。

大好きな家族が離婚してしまったけど自分は生きてる。大好きな家族が死んでしまったけど自分は生きてる。家も全部流されてしまったけど自分は生きてる。

生きてしまってる、んじゃない、ちゃんと生きてる。生きるのを選んでるのもちゃんと自分だ。死ぬのが怖いっていうのも立派な選択だ。

強くあった方が、何かと生きるのは楽だよ。甘えて言い訳ばっかして泣いてた私が、そうやって生きるようになってすごく選択肢が広がった気がする。

だから、あなたも生きて欲しい。

 

恋愛が破れた先にだって友情は残り得る。

つぶやきぼやき

男女間の友情は成立するか?

恋愛観とか価値観とか人それぞれだとか、色んな人が色んなことを言って結論付けたがってる昔からの議題だよなあと思う。最近、友達が増えて、またふと考えた。そうしたら、自分なりに答えが出た。

そもそも、友情ってなんですかって話。

例えば、自分には異性の友達が何人もいるし、そういう意味では男女間の友情は成立するとは思ってるんだけど、それこそ、その異性の友達の中には、かつて好きだった人も含まれている。じゃあ、その人たちは昔恋愛感情を抱いてた、つまり友情からずれたことがあるから友達じゃないのかって言われたら、そんなことはないんじゃないかと問いかけたい。

それこそ友達を好きになったとして、そこまで築いていた友情は裏切られ、なくなったことになるのか?って聞かれると、首を傾げたくなる。

恋愛と友愛の違い - 人間蘇生だモラトリアム

いつかも、友愛と恋愛の違いを考えていたことはあったけど、それこそ友愛が恋愛に発展したからってその友愛が消えることはないんじゃないかなあと思う。

それこそ片方が友情しか感じてなくて、もう片方が恋をしてしまって、そのすれ違いによって裏切ってしまったとかそういう気持ちはもしかしたら生まれるのかもしれないけど、それこそ「好きでいること、好きでいたことを許す」という、ある意味で宙ぶらりんの上に成り立つ友情だってあっていいんじゃないかなあと思う。告白が破れた先で友情が拒絶されなかったところにしか存在し得ない、不思議な世界なのかもしれないけど。

なんでも人間と人間の関係を記号みたいに決めなくてもいいとおもってる。友達とか親友とか恋人とか、あって、友達以上恋人未満とかしかなくて、余りにも人間関係を表現する単語が日本語には少なすぎる。

「片想いされてるけど友達」とか「付き合って別れたけど友達」とか、ちゃんと向き合って互いが認め合えば、恋も愛も友情の足枷にはならないと思った。

身近な友達を見ていてそう思った。家庭を築く為のけじめとして、元カレとか元カノとか縁を切らなきゃならないのかなあって思っても、やっぱりその根底に始まりの部分に友情が存在したらそんな悲しいことはしなくていいんじゃないかなあと思う。

ずっと自分だけが片想いし続けてて向こうが友達としか思ってくれなくても、別にそれは裏切りでもなんでもなくて、あなたがそうやって友達を演じ続ける間にでも友情は育まれてるものだから、その信頼は裏切らないで財産として残り続けると思うよ。

友達の彼氏や彼女と仲良くなったからって、それはそれで叛逆でもなんでもないし、そういう形での友情なんだよ。友情って形付けたくないし違うのかもしれないけど、人間の関係性としては確かに存在している。そのために必要なのはやっぱり信用と信頼と人を愛することなんだと思う。裏切られることを怖がらないでというか、やっぱり裏切られたその時は信じた自分の責任なんだと思うし、思いたい。

男女間の友情とか言っちゃったけどLGBTの人もいるわけだし、そういう人たちも含めて、恋をしたからって、そして付き合って愛し合ったからって、そこに友情が存在してもいいんじゃないかなって思う。最中でも後でも。友情はどこにだって成立するような愛だと思ってる。友情だけじゃなくていいんじゃないかな。どこかに友情があれば、それだけで人は仲良くいられると信じていたい。

愛することを目の前のひとに許される、そんな契約を結んでどうか幸せになりたい。

夢を見た。

人に愛される幸せな夢だった。あまりにも幸せだから、夢の中の自分は酷く動揺してその愛を必死で拒んでいた。そのくらい唐突で、でもどこか現実と地続きな姿をしていた、その人はやっぱり私の妄想の産物だったんだと思う。

目覚めた時、覚めないで欲しかったと思う気持ちと、こんな純粋でシンプルな愛を自分は深層心理として望んでいたということによる自覚に心が落ち込んだ。幸せな夢を見るときはいつもこうだ。正夢になればいいと思うけど、あまりにも、遠い。自分のどこまでも広がってしまう無限大の想像力が憎い。

 

最近、周りの大切な友達がどんどん幸せになって、というか愛すべき人を愛して、愛されて笑っていて、本当に良かったと感じている。

人を愛せることを許された喜びと、愛されることを享受した喜びを又聞きみたいに聞いている。私を介さなくても、それはちゃんと本人に伝えてあげてほしい。やっぱり愛が届いているのを見るのは楽しいし、いいなあと思う。

 

届かない愛に意味はあるのか。

せっかくなら届く愛に労力を割きたいけど、非効率で無意味で自分で決められないから、意味のないものを愛してしまうんだろう。歪で、苦しくて、それでも自分を保つために人を愛する。いつかそれが許されたいと思っている。

 

許されない愛を世界で一番大切にしていた。届かない絶対的な死者へのラブソングを歌って、笑って。楽だったよ。指標が骨となって動かないから、どんだけ乱暴に愛したって自分を哀れんだって構わないから。そのために未来の全てを生贄に、自分の10歩先すらも見えない毎日を過ごしていた。考えたくない。そうやって逃げて逃げて逃げて逃げて、周りの人の愛に気づけなかった。死者を愛すのは楽だ。だって動かないから、裏切ったりしない。死者は喋らない。

だから、生者を愛してしまったとき、レスポンスが帰ってくることにびっくりした。拒絶でも無視でも、向こうの選択でこの愛が蔑ろにされてるということに驚いたし、しかし、だからこそ可能性があるから届けたいと思ってしまった。今も思ってる。どんなに無視されてもただ愛せることが心から嬉しかったくらいには、私は、愛を線香の煙に飛ばすことに慣れすぎていたのだ。よくないことだと気付いた。

 

それでも、こうやって周りで届いて結ばれる愛を見ていると、普通の人はこれを当たり前のように目指してるんだなって思った。死者から生者にグレードアップしても、無視されることに慣れちゃダメなのかなとも思った。届かないなら諦める勇気も必要なのかもしれない。

結局、私は何がしたいんだ?

 

強欲になりたい。ずっと幸せを追い求めていたい。今も本当に幸せだ。だからこそ、私も幸せに愛されたいというか、愛すことを許されたいと思った。

多くを望んでないのは本当だよ。ただ好きなゲームの話をして笑って語ってそういう日常がいつか、帰ってきてほしい。やっぱり、その無くした遠い遠い普通の幸せを私は、また別の形で作りたい。代替したい。許されたい。愛すことを許してほしい。

さみしいことはさみしいと言っていいんだとわかった。人に囲まれて本当に毎日楽しくて、愛されてありがとう。でも、かつて失くしたあの子の代わりを探してる。みんなの特別ではあるのに、誰かの特別にはなろうとしない。誰かの特別になりたいんじゃなくて、特別を手に入れたいみたいだ。結局は死んだあの子の影を探し続けている。

 

人が好きだと思った。改めて。一方通行のこの愛を届けたい。届いたってことを知りたい。まだ届いた気がしないよ。届くことで私も幸せになりたい。残酷なくらいに普通で幸せなあの夢が、本当に叶ったらいいのになあ。

想い出で色付けられるゲームこそ、名作と言えるんじゃないだろうか。

ゼルダの伝説時のオカリナをクリアした。

 

一足早い春休みを迎えたので、部屋を掃除して発掘したゲームを戒めのように積み重ねていた。その塔は見たまんま積みゲータワーとなって、目の前に聳え立っていく。

ゲーマーを自称してはいるものの、買ったのにクリアできていないゲームが30本近くあるのは、長年ゲーマーとしても悔しかったし、ずっと胸の中につかえた痼りのような何かとして処理仕切れていなかった。

だからこそ、春休みという長期の時間を利用して3年前に始めていた「ゼルダの伝説 時のオカリナ3DS」をクリアしようと思い至り、手を付けた。魂の神殿、ラストダンジョンの一つ手前のところで止めていたのは覚えていたし、自分が何故倦厭していたのはわからないくらい、わりかし、するするとボスを倒し、つい先日、ラスボスを倒してハイラル世界に平和は訪れた。

3年越しの、いや、自分にとっては、7年越しのクリアだった。作中で、主人公リンクはガノンドロフを倒すため、マスターソードを抜きに時の神殿に辿り着く。しかし、マスターソードの力にリンクの肉体が耐えきれず、勇者はそのまま7年間の眠りについてしまう。

自分が、時のオカリナを始めたのは、WiiでのVC配信(時のオカリナは64のゲームだが復刻版としてWiiでのデータ配信を任天堂は行っている)からであって、その頃からずっと挑戦し続けていた。最初のダンジョンのデクの木サマの死を何回繰り返したかわからないくらい見届けた。一番進んだのも、大人時代、一つ目のダンジョン森の神殿までだった。そこから数えて、約7年間。10回以上のリセットと挑戦を繰り返してきて、昨日、この手でガノンにトドメを刺し、悲願のクリアをしたのだった。

でも、自分は、オカリナのエンディングをずっとずっと前から知っていた。時のオカリナというゲームは、記憶する限りで、妹が亡くなる直前にやったゲームのうちの一つだった。

7年前、妹がオカリナをクリアするのをずっと、私は隣で見ていた。

だから、全部結末もわかっていたのだ。

 

そもそも、積みゲーなんてやってもないゲームが溜まったのも、妹の入院がきっかけだったと思う。病院なんて監獄のように暇だから、母は娯楽の為にゲームを妹にたくさん買い与えていた。元々自分たち姉妹はゲームが好きだったが、特に妹は入院を通して輪をかけてゲーム好きになったと思う。ゆっくりと癌に蝕まれていく平坦な毎日の中、ゲームをやることでしかカタルシスを得られなかったというのもあるのかもしれない。そのくらい妹の日常はつまらない終わりの見えない地獄でしかなくて、それでも私も、そして、妹もゲームが大好きだった。入院がそれを助長したとしても、確かに自分たちは、ずっとずっと小さい頃からゲームが大好きだったのだ。それだけは本当だった。

休日は病室にDSを持って行って、妹のベッドの側で泣きながらポケダンをクリアした時は、看護師さんに白い目で見られた記憶がある。妹はとっくにスペシャルエピソードなんてクリアしてたから「いい話だと思ったけど泣けなかったよ。やっぱり姉ちゃんは涙脆いんだね」と笑っていた。妹はゲームどころか創作物で泣いたことはなかったけど、私は昔から涙脆かったから、それこそ病気になる前、Wiiスーパーペーパーマリオを二人でクリアした時は私だけがボロボロに泣いてティッシュが手放せないでいた。

うちはWiiを二台持っていたし、自宅用の私たちのクリスマスにサンタさんに買ってもらった白いWiiと、妹の病室用の黒いWii。黒いWiiの方はあんまり私は稼働させてなかった。病室に行っても二人ではWiiはやらなかったと思う。大体話すか絵を描くか二人でDS通信するかそんな感じだった。Wiiでは毎日欠かさず、妹はどうぶつの森をやっていて、村の環境を保ち続けていたと思う。死後、花だけ丁寧に家に閉まって結局今はあの村は荒れてしまっているのだろう。マメじゃなくてごめんね。

あと、入院していた時は、中古ゲーム屋に行って、母と二人で、妹のためのゲームを片っ端から物色した。その時にカゴに入れたのが、ドラクエ4とか黄金の太陽とか、あと、MOTHERだった。妹がやっていたその多くのゲームを私は未だクリアできないでいる。これは別に妹のことを思い出してしまって、クリアするのがしんどいとかではなくて、単に自分が、本当にその時には欲しいと思って買っていなかったからだ。選ぶゲームに自分の主体がなかった。妹の暇潰しのためだったから。唯一、自分もやりたいと思って買ったのが、MOTHERだけだった。滅多なことでは泣かない妹も、MOTHERだけは本当に大好きで、エンディングで泣くほど全てが好きだったと思う。特にMOTHER3は兄弟、家族愛の話だから、今考えると奇妙な因果だなあとも思う。この前妹の遺品を整理していたら、大体の好きなものに必ず「家族」と書かれていたことを見つけた。

今ならもう少し、ゲームには詳しくなったから自分も妹も好きなゲームをちゃんと選んであげられると思う。ゲーマーとしての自分の意思に削ぐわないままカゴに暇つぶしとして投げ込んだゲーム。 その適当に選んでしまったどれもを大体クリアしていた妹は、自分よりずっとゲームが上手かったのだと思う。自分が特別下手くそなのもあるが、少なくとも妹が12歳でクリアしたゲームをこちらは21歳でクリアしたってことは、やっぱりそういうことだったんだと思う。それでもまだ、ギリギリスマブラだけは勝てていた。でも真面目に戦うよりは、モンスターボールだけに縛ってポケモンバトルをしたり、スタフォ勢の会話コマンドやスネークの通信を試したりしている方が多かったかもしれない。それこそカービィのエアライドとかでも、ハイドラとドラグーンどっちが強いのか両側から最高速度でぶつけて試したこともあった。下手とか上手いとかじゃなくて、なんかアホみたいにゲームで遊んでいた。

 

そんな中でも、時のオカリナは、病室でやっていたゲームではなかった。骨髄移植が終わって退院して、一年間奇跡的に学校に通えていた、妹にとっても自分にとっても幸せな最期の一年間。その時に、居間でテレビをつけてWiiでやっていた。本調子ではなくて学校を休んだ時、なのにゲームだけは平日の昼間からやっていたから。そのダンジョンではわりかしサクサクと、怖がることもなくクリアしていたように思う。自分はゼル伝はめちゃめちゃ苦手な部類で、今回やり直していた時もホラー要素にヒィヒィ言いながら泣きながらクリアしたからこそ、比べて昔から妹はそういうことには滅法強かったと思う。絶叫マシン大好きとか、スキーでは必ず直滑降しかしないとか、肝っ玉の据わったような命知らずなところもあって、そういう、度胸があって頑固なところが自分はすごいなあと尊敬していた。当時小学生の割に、って話ではなくて人間としてただひたすらにひたむきで強かったと思う。

妹は時のオカリナをクリアしたあと、続編にあたるムジュラの仮面を途中まではやっていたけれど、結局クリアできなかった。そうやってやりかけのゲームがいくつかあることを知っている。ポケモンのブラックだって全部のポケモンを集めることはできなかった。死後、妹のゲームは実家に置いてきているが、共有していたゲームは全て自分が引き取って管理してしまっている。起動するたびゲームデータが生々しく妹の軌跡を写す。いつか、私こそ、ムジュラの仮面をクリアしたいと思っている。

妹が死んだ時、もう二度とゲームができないかと思った。本当にゲームが大好きで堪らなかったからこそ、ゲームを見るたび、そしてやるたびに妹のことを思い出した。スマブラがもう二度と家ではできなくなった。

それでもゲームが好きな気持ちはなくならなかった。そのくらい好きだった。ゲームを語る相手がいなくて、さみしくて、ネットの海に飛び込んだ。顔も名前も知らない、そんな相手とのゲームの共有を楽しんだ。ゲームを好きなら誰でもよかった。おかげで今でもゲーム仲間はいて、ゲームを嫌いにならずにいる。呪いなのかとも思った。でも、それでも、ゲームが好きだった。

 

だからこそ、そうやって想い出深いからこそ、時のオカリナをクリアして、その最後のセピア色のゲーム画面を見た途端、 ああこの画面を妹と一緒に見たなあ、これがずっと見たかったんだなと思い出せてしまった。果てしなかったけれどどうにか7年かけて一人でも辿り着けてしまったし、時のオカリナのストーリー、システム性、BGMどれを取っても歴史的神ゲーであるということがゲーマーとしての視点からは分析できてしまったけど、それよりずっとずっと色濃く妹の想い出が浮かび上がって来たことに、私は何よりも驚いた。

 

名作ゲームってなんだろう。

グラフィックが綺麗だとか、BGMがいいとか、ストーリーが良いとか、やり込み要素が多いとか色々あるし、たった30年ぽっちのファミコンからのゲームの歴史としていくつも確立している。小説とか映画とか遠く昔から語り継がれて来た娯楽作品とは違って、ゲームの歴史は浅くて短い。それでも、ゲームが愛され続けるのは、こうやって想い出としてつよく遺るからなんだと思う。

妹と話したオカリナの美しい旋律、白熱したエポナレース、闇の神殿の船の動かし方、代わりばんこにやった流鏑馬イベント、ガノン城から逃げ出す二人、最後のセピア色のクリア画面。そのどれもが、0と1のデータでしかないのに、そこに付与された想い出はどれも本物で、フィクションの世界の中に確かに色付けられていく。

小説だって漫画だって映画だって想いを抱いてなんぼなんだけど、それでもゲームだけは、物語が進むとともに感情が溢れ出して、想い出をもってしてゲームが完成されるのが、美しくて、好きで好きでたまらない。

名作ゲームってそういうことじゃないかなって思った。時のオカリナ、すごくすごく難しいゲームだけど、だからこそ、その中で悩んで苦しんで戯けた中で、自分だけの思い出ができていく。だから自分はゲームを愛しているし、人にゲームを勧めるときは、「このゲームであなたに感じて欲しいことがあるから」と願ってお勧めしている。

 

ゲームを嫌いにならなくて良かった。ゲームがあったから妹の想い出はゲームに生き続けているし、私は生きていられる。もしも生きていたら、未だに変わらず二人で楽しんでゲームできてたとは思うんだけどね。あなたは絵を描くのもうまかったから多分二人して楽しく絵を描きながらゲームをやり続けていられたと思うんだけど。

ゲームが楽しいから生きるのは楽しいし、残念ながら、あなたが死んだ後もめっちゃ面白いゲームばかりでてるからな!参ったか!一緒にやりたかったよ!

一緒にできないのは残念だけど、だからこそ自分はゲームをやり続けていくし、周りの人と確かに生きていきたいと思うよ。ごめんね。どうか、よろしくね。許して。

時のオカリナ、確かに名作だった。

こんなゲームがクリアできたあなたはやっぱり私なんかよりすごくて賢くて最高の妹だったよ。

ありがとね。

感謝感激雨あられは地に吸い込まれていくけど、どうか芽を出してくれないか。

つぶやきぼやき

あけましておめでとうございます。

去年一年を振り返ると、目の前に現れたたった一人の問題解決のために、どうにか伝えようとしたくて、こんなにも他人のことを想えるのかってくらいずっと考えていたら、いつのまにか五年ほど抱えて蔓延っていた自殺願望がなくなってしまって「生きるのって楽しいね」と思えたことが、2016年、自分の中で最大の出来事だった。

2016年のどころか、2011年の元日に「ああなるべくはやく死にたい!!」と思った時に次ぐ、人生二番目の衝撃でした。

だからこそ、ここでもう諦めなければいけないのかもしれないなんて、弱気が顔を出す。

これがもしも物語なら「ありがとう!私はあなたのおかげで生きたいと思えた!変わることができた!」「そうか。俺だってお前に向き合えたから良かった。これからもよろしくな」みたいな話になるのかもしれないが、対象には「あっそう」くらいで済まされてしまうようなそんな感じである。ここは悲しかや現実。

それでも、感謝を伝え続けたら何か変わるんじゃないかなあって気持ちをずるずる未だに引きずってる。でも「ありがとう」って伝えたいそれだけなのにどんどん自分がすり減っていくのを感じる。

 

そもそも前提として、上手く伝えられてないのかもしれない。今も仲がいいのかが全くわからないし、友達どころか、このまま、縁が切れて積み重ねてきたものが全てなくなってしまうような感覚すらある。向こうが断ち切ってるのか、なんなのかよくわからないけど、当たり前の明日が継続していかないような、ぞわりとした感覚が、目の前で本人は笑っているのに、私の背後に迫ってきている。急に目の前から行方をくらませてしまうような儚さとか、上手くいかなかったら人間関係全部切ればいいや、いらないや、みたいな、適当で無責任な投げやりさをこっちは受け取るし、きっとこれを感じているのは自分だけではないと思う。だから君の生き方は周りの大体の人間にちゃんと理解はされてるんだと思う。納得されているかはともかく。

その癖に「またいつでも機会はあるからそのうち遊ぼう」と言うのだ。本気でその機会を作る気もないのに。嘘ではないんだとは思うけど、そこまで、じゃないんだと思う。

そのいつでもって、一体いつのことなんだろう。今ならそんなに苦労しなくても訪れる当たり前の明日が存在するかすらも、自分はとても不確かだと思うのに、どうして乱暴に未来を信じられるのか。

口だけ動かして巧みにその場を誤魔化して、その度に叶わなかった約束や未来を、忘れているのか忘れたふりをしているのか、なかったかのように切り捨てている。だから、私だけがそれを覚えている。

 

だから忘れて欲しくないよ、どうにか大切にしてよと思いながら感謝を伝えたいとは思っている。でも、どうして途轍もなく遠くて届かないような気がするんだろう。純粋なありがとうより、責める気持ちを大声で言ってしまうからだろうか。

いや、ほんとは伝わってるのかもしれない。

そういえば遠い昔に「もうそんなことはわかってるよ。なんでお前は俺がわかったことをわかってくれないのかなあ」って言っていたのを思い出した。

きっと、フィードバックが自分の望んだ形でこないから、こっちが満足してないだけなんだろう。感謝するってことも「私が変われたから、あなたもこちらにきませんか」ってそう言う下心と目的がずっとずっとあるんだ。

そして、きっと私の「変わって欲しい」って想いをわかった上で「変わらない」という選択を選んでるんだと思う。

わかってくれたって意味がない。行動が伴わないから確信にならない。変わって欲しい。でもわかってよって言ったって、変わってくれるとも思わないから、とにかくありがとうを伝えてる。

遠回りすぎるから、やっぱり本気で「わかってほしいよ」ってしっかり言った方がいいのかもしれない。今ここに打ってて、またどうせわかってくれないから意味がないって諦めて日和ってるなと、自分でも思った。

 

一つ目、人との関わりを諦めて欲しくない。

二つ目、死ぬために生きて欲しくない。

私があなたに望むのはその二つだけだし、これらは、まだたった一年前には私が人生において完全に諦めきってたものだった。

私も大層な人間じゃないからあいつに対して神様ぶってるのかもなって思うし、あいつは何一つ今に不自由してないんだから勝手に哀れむこと自体が失礼なんじゃないかって思うけど、そんなこと言ったら一年前の自分も「自分が人生に不自由している」だなんて露にも思っていなかった。

 「こうやって自分は一生大切な人も作れずに呪われて死んでいくのだ」そういう決めつけと生き方は、私の芯であり、変えるとか、救われるとか、そういう類のものではなかった。

「そういう人生」だから。そういうものだから「仕方がない」と。

自分で自分にかけた呪いだから、結局解くのは自分でしかない。私は呪いが勝手に解けたのではなくて、呪いを解いた方がずっとずっと楽に生きられるということに気付いただけだった。だから解いた。

変えようと思って変わったわけじゃない。私のトリガーは、側にいたバカみたいなあったかい友達と、自分より酷く生き方を狭めることを拗らせた君のような友達の、両方の存在だった。

直接私の自殺願望を打ち消すトリガーを引いたのは、私の側にいた二人の友達だけど、二人が大切だということに気付けたのは、私を拒絶する君のような酷い友達と、どうしたらもっと仲良くなれるのだろう。どうしたら他人を信じて大切にして生きてくれるのだろう。そしてその存在が私になればいいのに、ということを願って望んで考えていたからだった。

目の前の奴をどうこうするより、まずは自分がこの世の全てを信じていないじゃないかということに気付いて、だから側にいてくれた二人の友達なら信じられるし信じたいと思った。まずは我が振り直せということで、人を信じるにはどうしたらいいのか。どうしたら振り向いてくれるのだろう、ということをずっと考えていた。だから、君から頼られたかった。

無い袖は振れない。頼られ続けることも違うと思った。そうやって試行錯誤を続けて、ここまできて、ちょっとだけど、前より胸を張れるところまでは来れた気がする。何より君に進言できるようになった。

 

43歳で死にたいと言った君に対して、本当にあの時は私も、27歳で死にたいと心から思っていたから、親近感を持ってめちゃくちゃ嬉しかった。わかるんだ。わかったつもりなのかもしれないけど。君を見てると幼くて大人ぶってた投げやりで、毎日死に向かって適当にやり過ごしてきた五年間の自分を思い出す。遠い目標だけは一丁前に立てていて。やりたいことはあった。それを果たしたら27歳で死んでもいいと思っていた。

43歳で死ぬというのが冗談なのは知ってるけど、こんなまだ若いのに仮定だとしても死について決めつけのように考えが及んでいること自体が悲しいし、悔しい。27歳で死にたいと同じように冗談で笑っていた私は、そこから逆算して未来なんて何ひとつ見えてなかった。今が良ければいいと、昨日のことを全部忘れて、明日のことも考えられずに、ただ短略的で投げやりな瞬間の繰り返しの日々しか送ってきてなかった。

「どうせ人生は27歳までしかないから、本当にこの瞬間だけ楽しければいいんだ」

ねえ、だから、あんなにも軽い人間関係しか築かないのだろうか。どうせ自分のことなんて誰も気にしてないし、都合が悪くなれば切り捨てればいいって。自分のことを誰も気にしてないように感じるのは、自分が誰も必要としてないからなのだろうか。今ここに問い掛けている言葉は全部全部、たった一年前までずっと私が思ってきたことだ。

 

あと、自分を投げ捨ててまでかけられてしまう家族愛についても、自分の日常をおざなりにしてまで、尽くせる対象がいることがずっと羨ましかったし憧れてたから、肯定も否定も渦巻いて結局、何も言えなかった。

血縁という絶対的な愛と保障は、死んでも断ち切れない揺るがないものだし、理由にしちゃえばずっと側にいられて、そしてなんにせよ絶対的に裏切らない、のかもしれない。そんなの案外当たり前じゃないんだけどね。私の家族愛も絶対的に信じられるものだった。血の繋がらない夫婦の亀裂を真近で見てるからこそ、より血に縋りたくのなるのかな。

骨髄移植でマジの物理的な意味で、血を分け与えた姉妹ということが、私の中ではずっと誇りで標で縋って固執した事実だった。血をあげることに全く迷いがなかったから、家族に対してなら自分を犠牲にすることは厭わないのは自分もできるし、わかってしまうような気がする。

嬉しかった。私に妹はもういないけど、私が死んだ妹にかける執着の一端を、それこそ君も、わかってしまったのだと思う。

私は君に対して「もしも妹が生きていたら」と可能性として考えて、君は私に対して「もしも兄妹が死んでしまったら」ということをお互いに見出していたんだと思うし、だから私の事情と妹の死に敬意を払うことは当たり前だ、と言い切ってくれることが本当に嬉しかった。それは全然当たり前でも普通なことでもないよ。少しも逡巡しなかったのは、君が初めてだった。

 

同情、みたいなチンケな感情から始まってはいたけど、きっと本質的に私と君は似ていて、君の考えてることがわかってしまうような気がするのは仕方のないことなのだと思う。境遇とか考えてきたことは、ある程度似通ってるのに、決定的なところが違えてる。そこが、未来への生き方なんだと思う。

私は愛するからこそ強く生きたいと思うけど、君は愛するからこそ傷付きたくないのだと思う。私も、かつては誰よりも傷付きたくなかったし全部終わらせてしまいたかった。

似てるからって、あなたのことがわかるよって、傷を舐め合って生きていきたいわけじゃない。

確かに君のおかげで私は本当に色々なことに気付けた。その多くは反面教師だったと思うし、私がなくしちゃったものとか通ってきた道とか全部抱えたまま無理矢理大人になろうとして目の前で笑ってたから、こんな風になりたいと思うと同時に、こうはなれないと思った。そして、なりたくないとも思った。

尊敬から始まった感情も、心配とか憤りとか妬みとかやり切れなさとかを通り越して、感謝に昇華してしまった。欲はあるよ。それでも今思うのは、ただありがとうって気持ちでしかない。ねえ、やっぱり、ありがとうの本当の意味が何一つわかってないよ。わかってよ。わかって欲しいよ。私のありがとうの意味が伝わった時、多分もっと生きやすくて望んだ道を選択していけるはずなのに。いつ見ても生き辛そうで逝き急いでて、面倒臭いことが嫌いなはずなのに一番面倒で厄介な道ばかり通り続けてる。

君は私のこと振り返ってもくれないけど、同じように、私は君がいなくても生きていけるのだ。この一年間で君から貰ったもの、見出したもの全部抱えて、めちゃくちゃ幸せに満たされた人生を送れるんだと思う。「君がいなくちゃ生きていけない」なんて縋るような絶対無二の愛を叫ぶような気持ちにはならない。

それでも君と生きてみたい。

私がなくしちゃった大切なものを後生大切にしてる君のことがどこまでも眩しくて羨ましい。

できることなら出来る限りそばで。それが叶わないなら近くでいいから。少なくともどうか目の前からいなくならないで。私のことどうか切り捨てないでほしい。今はそれをただ望んでる。

 

君に似てる頑固な私なんかでも、人生にこうやって生きる希望を見出せたから、どうか気付けるなら、なるべく早いうちに気付いてよ。気付こうとしようよ。

やめてくれ、と言われたらやめられると思った。去年の五月からそういう根比べの始まりだったから。だから自分で諦めようと決断したら諦められると思っていた。だからとりあえず半年やって無理そうだからって、この数ヶ月ずっと、諦めるための心の準備と理由を探し続けていた。

やめたくない。ここでやめたら負けた気しかしない。やめろと言わないのは知ってるけど、その契約が破られてやめろと言われても、もうやめない気がする。

やめられないんじゃない。やめてはいけないと思う。どうしても悔いしか残らない。やっての後悔とやらずの後悔なら、迷わずやっての後悔しか選ばないんだけど、散々やってきたはずなのに今ここでやめたら、やらずの後悔しか残らない。

何をしたらいいんだろう。多分きっとここで書いたことを全部言うとかそういう、全力のこと。

このまま行方を眩まされたら、一生後悔する。ターニングポイントに今立ってる気がする。そういう、2017年の始まりだ。

公開するかちょっと悩みました。こんな感じでごめんなさい。どこまで続くかわからない自転車操業、今年もよろしくお願いします。