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人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

解明

出会いへの意味付けが好きです。

なんで出会ったのか、仲良くなったのはどこなのか、あそこでああいうことがなかったら多分こうはなってなかったんだな……と、回帰することが好きです。

出会いに自然に意味が生まれているのか、それとも自分が意味を付けて回っているのかどっちかはわからないけど、でもやっぱり自分にとって意味のある人と、意味のない人はきっぱりと分けられているので、意味は生まれているのだと思います。

その人が大切で大好きだから、意味を見出したいだけなのかもしれないけど。それこそ出会った時のこととか、仲良くなったきっかけとか、腹を割ったあの瞬間とか。

過去の回帰とかそういうのじゃなくて、あの時はどーーでもよかったことが今考えると大きなターニングポイントになってるんだなあ……ということを自分はやっぱり覚えているし、覚えていたいんですよね。

別に恩着せがましくあの時はよかったね!!!!!!!って思い出話をしていたいわけじゃなくて、自分が覚えていたいだけだからそれでいいんだよって。覚えていたいというか、覚えている。覚えてしまっている。忘れたくないと思う。大切なことだから。

 

「今現在仲が良ければいいから過去の出会いのことなんてどうでもいいし意味はない」って断言されてずーーーっと考えていたんです。

人と人との付き合いって持続しようと思ったら、何年何十年だって続いてくもので、自分は「ここで終わりだ」ってあんまり切りたくなくて、その時はまだ無理でも、時間をおいてからまた再会して和解して続いてく縁を最近、いくつか経験しました。

でも、ずっと続いていると人と人の間に意味って生まれてくるんだよなあと。あの時ああいうことがなかったらほんとに今がなかったかもしれない。そうじゃなくてよかった。そうやって感謝できた時に、過去に意味を見出せるんだと思いました。

だからきっと、よくわからないけど、どこかで意味を見出すくらいの、意味生成が生まれるくらいまで、私はずっとそばにいたいと思いました。

関わり続けたい。

 

「流石こっちのことわかってるじゃん」ってほんとよく最近色んな人に言われるけど、本音としては「わかるわけないでしょ!!!ばーーーーーーか!!!!!!!!!!!!!!!わからない!わからないから考えてる!!!!わかりたいとはおもってるけど他人のことを完全理解なんて無理!!!!!!!わかることなんて一生絶対ないけどわかりたいとおもい続けることが大切なんだよ!!!!!」っていう感じです。双曲線なんです。限りなく0に近付くけど0にはならない。だから簡単にわかってるなんて認められるだなんて、そんなの何より自分が報われて欲しくない。

わかろうとしたところで相手の行動予測をすることしかできないし、結局わからないことは、本人に直接聞いて答えを得ることしかできないんです。でもその答えだって嘘かもしれないし、本音だったとしても自分が相手の言ったことを100%正確に解釈するとも限らないじゃないですか。

残念ながら、答えの出ない問いは自分にとっては大好物でしかないので、多分もうずっとしつこいですよ、きっと。答えの出ないまま自分の納得がいくまで考え続けるかなあ。

そりゃ、めちゃくちゃ傷付いてるし無益なことも多いなあってしょっちゅうへこんで悩んで考えてるけど、でも別に死ぬわけじゃないじゃないですか。うまくいかなくたって、傷付いたって、失敗したって。

死を一度経験しているので、怖くないと言ったら嘘ですが、あんなに絶望しててもこうやって立ち上がって元気で生きていられているので、また大きな絶望が来ても、自分はまた同じように戦いたいと思います。

それに比べたらこの悩みのどんな幸せなことか!人を想って幸せを願えてることが自分の幸福にも繋がってる。とても満たされていると感じる。

 

そういや、自分は亡くした彼女のことについて何も知らないことに気付きました。

大好きなのは変わらないんですけど、やっぱり彼女だって悪い所はあったし、間違ってることだらけだったし、そういうのを自分以外の視点から色々集めたいなあと思い始めてきました。

彼女の生を解明したいんです。

彼女の死への意味付けは「しない」ということを今は、選択しているので、じゃあ次は彼女が生きてた時の周りへの影響に意味を見出していきたいなあと思います。

七回忌には地元に帰るつもりです。また色んな話が聞けたらいいな。

 

自分だって全力ですべての意味生成から逃げてた時期はあったので、別に強いわけでもないんですけど、最近ほんとにへこたれはするけどその分また引っ提げて復活して帰ってくるんですよね。何倍かに厚くなって。

なんかどんどんしぶとくなってる気がする。自分としては良い変化なんじゃないかなと思います。どこへ行く自分。

大好きなものを大好きだと言える幸せのこと

みんな、何の為に旅をするのだろう。

目指す観光地、食べ物、体験、お土産、その場所での新たな出会いとか、人それぞれあると思うんです。でも、共通してるのは、自分の暮らす世界とは違う、新たな場所に踏み出すことが旅の楽しさで、目的なのかなって考えます。

でも、私の今回の旅行の目的は、意味のないことを求めることでした。

そして、大好きな北海道を大好きな人達と行くことでした。

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私は今、20年間育った北海道を離れて暮らしています。東京の大学に通い、そこで出会った、東京出身の女の子1人と男の子2人と旅行してきました。男女4人で4泊5日のぐるり一周の旅。札幌から出発して、富良野と美瑛を経由して旭川、丸瀬布サロマ湖を経由して網走、摩周湖と釧路を経由して浦幌、そして十勝から新千歳まで帰ってきました。自分も、こんな大旅行は10年振りでした。

父と母は、旅行仲間同士の紹介で出会い、2人とも本州出身なのに、北海道を旅行したいが為に、北海道に移り住んでしまう、狂ったような旅行好きとバイタリティを兼ね備えていました。だからこそ幼い頃から、北海道中を連れ回された自分が旅行好きにならない訳がありませんでした。

両親と、私、そして妹の家族4人で、色んなところを巡り、その中でも毎年夏休みに行っていた北海道ぐるり一周の旅はとても好きでした。

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これは私が10歳のときに夏休みの自由研究で書いた旅行記の地図です。まさか10年経って、自らが旅行に行く為に活用することになるとは少しも思っていませんでしたが! 全てを踏襲してはいないけれど、10年前の記録と思い出を辿りながら、今回の旅行計画を立てていました。

 

改めて思い出していたけれど、家族4人で大きな旅行をしたのは、これを含めてあと2回ほどしかありませんでした。旅行をしなくなった、いや、できなくなった理由と、北海道を離れたい思った理由が、深く絡みついて呪いのように私を永らく蝕んでいました。

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今回の友達4人での5日間の旅行に特別な意味は何一つ持たせたくなかったし、振り返った今、ただただ楽しかったなぁという感想しかないです。笑ってはしゃぐ3人を見るのが、私は何よりも幸せで堪らなかったし、自分で踏襲させておきながら、家族旅行のことを思い出すことはありませんでした。

「思い出の上書き」がされたのだと感じています。

「どうせ別れが見えているのなら、初めから出会わない方が良かったのではないか? 全ての出会いは無駄なのではないか?」

そんな考えたって今更どうにもできないことに苦しみ、人と出会って関わることが、ずっと怖くて仕方ありませんでした。

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今、私の妹はこの世にいません。8年前に小児白血病を発症して、闘病生活の末、6年前に亡くなりました。治ると信じていたので、死ぬなんて少しも思ってなかったんです。

大好きだった妹が亡くなった途端、今までの幸せな思い出の全てが、牙をむいて鋭く突き刺さりました。

北海道の家と自分と妹の共通の部屋、妹の好きなもの、嫌いなもの、一緒にやったゲーム、一緒に行った旅行、姿と声とその温度のあたたかさと、妹が生きた証と妹に関わることの全てが、私を、殺しにきました。

魔物は心の中に何よりも綺麗な思い出として巣食っていて、どこに行っても何をしていても「お前の幸せは妹と共に過ごした時間以上に存在しない」と嘲笑い、私は、私自身を妹の死に寄りかかるようにして生きることを選択し続けました。生きたくなかったんです。

妹との思い出が最高値だと決め付けて、このまま心中したくてたまらなかった。

 

私の生きる理由は、妹が病気になるよりずっとずっと前から妹と共に生きることでした。妹を世界で一番に大切にすることが、私の幸せの形でした。

家族の形として、3人で一緒に暮らして幸せになれる道がどうしても想像できなくて。父と母は望んで北海道にきて、旅行し続けることが20年前から変わらない2人の人生で、そこに居続けることも私の人生の選択肢としてはありました。

でも、そこに必然性はなかったんです。当たり前の家族の形がなくなって、どこか何かが足りなくて、どうしても北海道にいなくちゃならないわけじゃなくて、いようと願えば北海道で生きることはできるよ、みたいな。

北海道に残るという選択を両親は私に強要しませんでした。

 

きっと本当は側にいて欲しかったのかもしれない。離れるのは寂しい。けれど、亡霊のように過去にしがみつき、未来を見つけられない私がこのまま、淋しい両親の望むままに側に居ても、意志のない人形のようにしかなれなくて、傷付け苦しむだけだからと、私が離れたいと思ってしまいました。

妹がいなくなって、だから私が妹の分までずっと一緒に居続けて、だなんて、そんな先の見えない生産性のない家族ごっこを続ける虚無を私も、そして両親も望んでいなかったんです。

 

私が両親にあげられるものは何だろう。

過去を捨てられない私がどうやったら、未来に希望を抱いて生きられるんだろう。

 

私は、北海道を旅立ちました。

もう一生ここに帰ってこなくても、北海道を捨てたくない。大好きな思い出の詰まったこの場所を、また愛せるようになりたい。

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そして、ちゃんと北海道に帰ってきて旅行をすることができました。

私がもう一度この地を踏み締めて、3人の友達に北海道を楽しんでもらうだけの旅行。

意味を求めず何も考えないままに、北海道をぐるりと駆け巡ることがどんなに楽しくて幸せで、難しいことや切ないことを考えなくていいということが、私にとって途轍もなく意味のあることだったんです。

 

奇跡だと思っていました。大学に進学してからずっと。前に向かって生きてしまっていることが。諦めなかったことが。

友達と環境に恵まれて、日常に人が溢れて、必要とされて、恋をして、全ての出会いに意味を見出していました。人を大切にすることで、何よりも自分を大切にすることができていました。

妹の死を認めて向き合いすぎた余りに、自分の生活には四六時中妹の影がつきまとい、私の首を優しく絞めていましたが、もう妹のことで苦しむことがなくなりました。

妹との北海道の思い出は今でもキラキラと輝いたまま全部覚えている。その上で、妹の死は墓を建てて北海道に存在している。

じゃあ、私の未来は?

 

旅行中、大型台風から逃げるようなギリギリの工程だったのですが、実際台風の影も形も感じないくらい天候に恵まれた旅でした。

そこで、虹が見えたんです。

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私も長らく旅行している中で、北海道の地平線で綺麗な虹がかかったのを見たのは過去2回だけでした。3回目が、まさかこの旅で見られるとは思っていませんでした。

どこまでも広大な大地に掛かる虹は、変わらず私の愛した北海道でしかありませんでした。

 

大好きな人と大好きな北海道を見られる以上に幸せなこともなく、みんなも本当に笑顔で楽しんでいました。大好きなものを大好きだと素直に伝えられることが、本当に嬉しくて堪らなかったんです。

大好きなものを大好きだ、と胸を張ることに、えずくほどの痛みが走るのに6年間苦しみ、迷い続けていました。

けして還らない大好きなものなら、じゃあもっと楽しいもので上塗りして描き直して色を塗りたくってたくさん増やしてしまえばいい。

今回の北海道旅行だけじゃなくて、その友達3人に、私は上京してからの日常を預けて色んなことを見出し、教わり続けていました。

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旅をしたことで特別なことは何もなくて、いつもの日常の延長線上に、今回の旅行があったんだなあと。

でも、ただの日常が、幸せが続くことを私は、当たり前ではないことを知っているから、どうしようもなくかけがえのないことだ、とも感じていました。

この旅行は日常の先にあったけど、奇跡だった。そんなことを旅行で感じたのは初めてのことでした。

私が、今回楽しく北海道を回れたのも、両親と、そして妹と、楽しく回った思い出が経験としてあったからであって、全ての楽しかったことに無駄なことなんてないのだと。

両親に何が返せるだろうか、とずっと考えていたけれど、本当は分かっていたんです。

「あなたが楽しく笑顔でいてくれることが一番の幸せだよ」と、2人は繰り返し言っていました。

旅行先での一期一会の出会いを30年も続けてしまうような、人と人との繋がりを何よりも大切にする母でした。

たとえどんなにその時に些細な出会いでも、その時は分かり合えなかったとしても、10年20年30年それ以上経った時に、無駄なことなんて何一つなかったし、あの時のことが意味を持っていたとわかる、そういうずっとずっとずっと続く繋がりを人と築いていきたい。

だからみんなを連れて行きたかったし、人との出会いで何か少しでも感じることがあって欲しいと思っていたし、両親にとっては何よりも喜ぶことだと知っていました。

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何でもいいんです。

行ってみたいところに行ってみるとか、昔大好きだった場所をまた回ってみるとか、大好きな人の大好きな場所に連れて行ってもらうとか、同じ場所でもその場所は色を変えて存在しているし、いくらでも上書きされて増えていくことができると。

北海道の広大さはやっぱり一度は見て欲しいと私は思います。どこまでも広い、誰もいない地平線と水平線と空と海の中で、叫ぶなり笑うなり泣くなりしたらいいと思うんです。

 

その場で意味はなくとも、日常が少しずつ積み重なったその先の、楽しかったね、っていう事実と思い出が、あとで大きな意味と救いになって返ってくる。

過去を懐かしむのではなくて、あの時が今に繋がってるんだねって、そうやって大切なことに今じゃなくていいから、いつか気づいて欲しい。

ただそういうことでいいんだと思いました。

気張るでもない。ただやりたいから、楽しそうだから、行きたいから、行く。

私の大好きな北海道、お勧めです。

意味を求めない旅、いかがでしょうか?

人間変化の殺人幇助

「人は人を変えることができるのか?」

長らく自問自答してきた問いに答えが出ました。

「自分を変えられるのは自分しかいない。変えようと働きかけて他人を変えることはできない。しかし、自分が変わることで相手が変わる可能性がある」

というのが、現時点での持論です。

自分はまず、長い間、変わろうとしませんでした。自分が変われないのだから人は変えられないものだと決めつけていました。しかし、気付いたら変わっていました。まじか、変われるのか!?と思ったので、変わることを選択しました。だから、今度は逆に、じゃあ人は変えられるんじゃないか!?と思って相手に変わってほしいと働きかけた結果、この結論に辿り着きました。極端にも程がある。

 

変えてあげよう、と思わずに、共に変わることを選択することが、相手が変わることを選択することにつながる、かもしれないって思っています。

向こうに変わってほしいという気持ちを抱く時、自分だけが正しいと思い込んでるのではないか。両方正しい時もあって、必ずしも、片方だけが変わる必要はない。正しい側が変わってもいい。正誤に囚われない視点を自分は獲得しました。

基本的に人は変わることを恐れます。それがどんなにいい方向に転がることであっても。停滞を望む生き物なんだと思います。停滞を信じているというか。

自分の正しさの箱の中にいたら気付くことができない。そもそも気付こうとする気すらない。そのレベルで人間は停滞したがる生き物なのだと思っています。そりゃ停滞は楽だ。何も考えなくて良いから。自分もベッドから一歩も出ない生活をしていました。いやまあもう楽だ。楽だと思い込もうとした。

 だからこそ、そういう引きこもりや狭窄人間に対して「じゃあ、お前は間違っている。外に出た方が幸せになれる」なんて、正しさで屈服させられると人間本気で腹が立つし、わかってるけど怖いんだよって。より頑なになったり。

 

自分は、自己選択をどこまでも大切にしたいです。人が自分で本当の意味で迷いの一つもない決めた選択を貫いて生きてほしい。

だからこそ、変わってほしい、じゃなくて共に変わりたいんです。

変わらない。

変えたい。

働きかけたい。

関わり続けたい。

自分が相手に接する気持ちがたった4ヶ月でこんなにも変化していきました。

 

関わり続けたいんです。だって、自分が相手のことを考えるだけで、本当にかけがえのないたくさんのものをもらいました。 だからもう、向こうが変わろうが変わらないだろうかその結果は関係なくて、自分が相手と接するだけでそれだけで自分は変わってしまったのです。そこに価値を見出すことができました。

友達に言われました。結局変わるかどうかを選択するのは向こうの選択だから、やりたいことをあなたはやればいい、と。

そして、人間関係は二者間だからこそ、どちらかだけが変わるだなんて、上から目線で傲慢だと思います。

親子間においても、教師と児童の関係でも、親や教師だから正しくて教育する立場だからこそ、相手だけを一方的に変えなくちゃならないなんて変な話だと思いませんか。共に変われば良いんじゃないんですか。

他人からの働きかけがあるからこそ、自己決定を変えるきっかけが生まれると思っています。だって人間は社会的な生き物で、決して一人では生きていけないのだから。

 

だからこそ、最終的に自分を殺すのは自分なんです。変わりたいと思う自分が、変わらなかった自分を殺すんです。こちらにできることはその殺人幇助をすることでしかなくて、ナイフ持って相手を刺しに行っちゃダメなんです。

そして、変わらなかった過去を捨てきる必要もないと思います。殺した自分を火葬して、墓に埋めて、時々お墓参りをして、たまには掘り返して。

そういうことをして良いのだと思います。

 

いろんな考えの人と触れて、自分は正しさを決める必要はないと思っています。もちろん、それを人に押し付けることも。

今一番に大切にしたいことは選択し続けることです。何か一つを決め付けるんじゃなくて、その場で、自分の意志で選択していく。その選択を後で振り返った時に、後悔しないような生き方がしたいです。

 

与えられる運命なんてないと思っています。

人の出会いに偶然やタイミングは確かに存在しているのですが、それを運命だと感じるのは「その出会いを自分の意志で選択した自分」がいるからなんじゃないでしょうか。

ラピュタ国の姫が空から降ってこないわけじゃなくて、それを受け止める気がないしそもそも落ちてきたこと自体に気がつく気もない。姫を受け止める選択をせずにして地面に叩きつけて殺してるんだと思います。

受け止めたから。そして彼女を守り、救うことを選択したから、だから運命になったんです。

 

全てのことを自分で選択する。

変化することを怖がらないで選択し続けるようなそんな人間でありたいです。

 

寂しくない自立

最近、色々と片がついたので、両親との距離の話をしようと思います。

まず、仲は悪くないです。むしろめちゃくちゃいいと思います。今、自分は実家から、1000㎞離れて一人暮らしをしているのですが、母親とはよく電話で話したり、うちに泊まりに来て鎌倉に行って人力車に乗ってキャッキャしたり、父親とは本を薦めあったり、二人で知床に流氷を泊まりで見に行った列車の帰路で、愉快に5時間古今東西をしながら帰ってきました。自分が成人した今でも自分が実家に帰ると、三人でもよく温泉とかに行きます。

ただどんなに仲が良くとも、自分の中で清算しきれてないところ、どうしたらいいのだろうということが、いくつかあって、魚の小骨のように喉に引っかかりずっとチクチクしていました。向き合ってないということが負い目としてあったのだろうと思います。あえて逃げているというか。

 

自分たち家族には、一人足りません。

この一人足りないことについては、その欠けた本人も含めて誰も悪くないし責任もない。この空席については、別に三人はもう最初から欠けた一人がいなかったように腫れもの扱いをしているわけでも、その子がいるかのように無理矢理作り出してるわけでもなく、ただ自分たちが三人しかいない。そういう事実が横たわっているしかないんです。

自分は、実家にいるとき、閉塞感と息苦しさをよく感じていました。そして、実家を出て一人暮らしを始め、実家にいるよりずっとずっと寂しくないということに愕然としました。一人なのに。

欠けた一人のある家族を受け入れられなかったというよりは、いや、それもあるのかもしれないのですが、きっと、自分にとって家族の形はやはりどうしても四人でしかなかったのだと思い知らされました。

両親が仕事に行き、そして、週末には旅行に出かけることに対して「置いていかないで」 と思っていたことを覚えています。置いていかれることに酷く孤独感を感じ、だからと言って、ついて行っても足りない席のことが埋められなくて喪失感を感じていました。

前の家族の形を取り続けること、変わってしまって一人残された自分。もはや、前の家族の形なんてどこにあったのでしょうか。自分は何を求めているんだろう。両親は両親で仕事を続けなくては生きることはできない。誰も悪くない。だからといって両親にそばにいてもらっても寂しさが消えることはない。もはや、一人だけ進めない自分が苦しかったです。二人は今までのルーチンワークをこなせばいいのに、自分は今後、新しい未来を自由に選べだって?そんなのあんまりだ。何も見えないよ。いつも通りの日常を過ごすルーチンワークだってそれこそ何よりも辛いはずなのに、自分はやることがある二人のことを恨めしく思っていました。未来を切り開くよりは、繰り返しの方が楽だと決めつけて。だから自分は引きこもることを選びました。

 

自分が生まれる前、夫婦二人で、旅行に行くことが当たり前だったからこそ、両親は二人で旅行としての形は成立するのかなとも思っていました。いつも、子どもが、自分がいつかいなくなることを想定していたと言っていました。そのお陰で、自分は両親には恩はあれど執着はありません。でも、自分にとっての旅行は四人旅だったからしんどかったです。どうしてもいない影を追い続けてしまう。

だから、家を出ました。一人で過ごして、影を追い続けなくて無駄に家族の形を追わなくてよくて、とても楽になりました。

離れてみて、自分にとって両親は、そしてあの実家は必ずしもいるべき場所ではないと確信してしまい、薄情なのかなぁ……としばらく悩んだのですが、それでもきっと実家が存在しているからこそ自分はこうやって安心して一人暮らしができているのかなとも思います。

多分きっと、ずっと離れたかったのだと思います。家を出たい、というよりは家を出てみたいという気持ちはずっとありました。ここは好きだけど、ここに居続ける理由はない。帰る場所であればいいんです。

一度外から見てみて、気付くものがあったらいいなと思って一人暮らしをしたのですが良い選択であったと思います。

 

自分の実家、まあ、北海道なんですけど、もともと少しだけ感じていた北海道の閉塞感をより息苦しく思い始めています。自分の周り、たくさんの友達は殆どが、北海道から全くと言って良いほど出る気がないです。飛行機すら乗ったことない人もたくさんいます。好きだからでないのではなくて、出る選択肢を考えてすらいない。そんなこと考えたことすら、ない。

いるのが当たり前で、その当たり前を疑うことすらしない。自分の正しさの中に住んでいる。

間違っているとは思いません。でもそこだけじゃないのにやっぱり選択肢をかなぐり捨てているようにしかみえなくて、自分が関わっていて息苦しくなりました。

広い目で世界を見たい。多様性を認めて許して人を愛して生きていきたい。

自分も、日本という小さな島国でしか生きていないので一度海外旅行をしたいと思っています。本州から北海道を見たときに発見があったように、外から日本を見て多分またいろんなことを感じてみたいなと思いました。

 

最後に両親に向けて。ありがとうございました。自分は自分の人生を生きるので、あなたたちに物理的や金銭的に恩は返せないかもしれません。それでも、二人は自分に対して恩を返して欲しくて育てたわけじゃないということはわかっています。だからこそ、たくさん甘えて迷惑をかけました。許してくれてありがとう。

だからこそ、自分が生きることで、そしてまた離れていてもともに過ごすことで、物理的な恩より、もっともっと価値のある大切なものをあげられると思っています。関わることでお互いが変わりましょう。

そして、共に幸せになりましょう。

ライブハウスの詩

恋がぼくを殺しにきました。
つくしい風が、ほほを撫でる。
過去、誰かが死んだとき、
爆破のとき、スカートをめくったとき、
ふいた風がいま、きみを撫でる。
時間の先にあるものが、無意味だとして、
ぼくは、それでもただきみをみつめて、生きていく。
ぼくの、人生に価値や意味があるのか。
きみがいれば、
ぼくなどいなくても変わらない、そのことが好きです。
きみが好きです。

 

 

 

 

最果タヒさんの詩です。

ちょっと見かけて詩集を借りてみたのですが、ほんとうわぁと思いつつ、でもどこか引っかかる詩がいくつかあってなんとなく記してみました。ちょっと今の自分の心情に近いところがあるので、しばらくは迷ったときにはこれを唱えたいです。

 

ひとりぼっち惑星 on the App Store 

ひとりぼっち惑星、楽しいですね。普通に最近忙しくて時間もないのに、ちまちま部品を集めて受信しています。

端的に言えば、インターネットという海に流れるボトルメールだと思います。やる内容は、人工知能の部品を集めてアンテナを育てます。そしてアンテナから自由なことを送ることができるし、そしてその送られた見知らぬ誰かのメッセージをアトランダムに受け取る。ただそれだけのゲームです。

送る側も何を送ってもいい、流したものに対して責任もないけど、その分見返りを得ることはできない。受け取る側も何を受け取るかわからない、何を感じるかは自分が全てだしそのお礼も不快さも、送り主に返すことはできない。

このひとりぼっち惑星の世界観は滅びた地球の話ですが、最高に自己完結の世界だと思います。

 送られてきた話はそれこそ、どうでもいいような短いメッセージ、下ネタ、面白い話、世界観に合った創作話、二次創作、そして本当に切実で個人的な重たい悩みとか色々なものに溢れています。でもそれのどれが「本当のこと」なのかなんて誰にもわからない。コミュニケーションとしては破綻しています。そういう独り善がりの無責任な世界が、自分は割と気に入ってしまってずるずると入り浸っています。

作者がこのような世界を最初から意図したのか、結果的にこうなったのかわかりませんが、でもデフォルトの最初の6つのメッセージは死に逝く独り善がりで無責任なものばかりだったのでたぶん作者の沿った意図通りに、ひとりぼっち惑星は広まっているのかもしれません。

 

悲しいものは美しく綺麗に映るのはなんでなんでしょうね。そうじゃないとやってられないからなんですかね。世界がそうできているんですかね。

嘘か真かわかりませんがそういう悲痛な叫びを受けたときの無力感に耐える練習に、自分はひとりぼっち惑星を使っています。

届かないことが前提で送り手と受け手が断絶されている悲しい世界の美しさをもう少し感じながらぼちぼち続けたいなあと思いました。

傷と刃物

闇の世界との隔たり - 人間蘇生だモラトリアム

自分は、闇持ち人間というものを定義していたんですど今はだいぶ考えが変わりまして、この闇持ち人間に関して、俯瞰的、且ついろいろ考えています。

 

そんな闇なんて甘えだ!って言い切ることは未だできません。いや、事実として闇は存在しているというか、過去を闇と定義すれば、それは闇になるんですよね。

起きてしまったことその出来事に対して、自責の念、諦め、そして囚われることを選択した時、人は過去が闇になり得るのです。

全てのことにポジティブになれとは言いません。それでも、自分を責めたり、どうにかできなかったのかなあと考えたりすることは、自分の未来を狭める一因になるのかなあと思います。

そういう自分を責め続ける人生を歩みたいと心から思うのなら、それでいいのだと思います。

自分で、本当にそれを心から望むことならば。

そんなこと言ったって責めざるを得ないんだよじゃなくて、多分それは、自分で責めることを選択して生きているのだと思います。自覚していないだけであって。

  

そのことを踏まえて、今、自分は「過去を傷にも刃物にもしたくない」と考えています。

彼女の死を傷と理由にして、たくさんの言い訳を重ねてきました。辛いのはこんなにも生き辛いのは、彼女が死んだからだ。そう言ったらみんな悲しそうな顔をしながら、許してくれました。だから自分も自分を甘やかして、その傷を大切に囲って。

治す気もない癖に。そもそも傷なんてないのに。傷だと思い込んでるのは自分なのに。

彼女の死を刃物と武器にして、たくさんの人を傷つけてきました。こんなことがあって辛いのだから、彼女が死んだ自分はこんなにも可哀想なのだ。そう言ったらみんな悲しそうな顔をしながら、許してくれました。だから、自分も自分を傷付けて、傷付くことが当たり前だと思っていました。細かな傷なら耐えられる。傷付くのが当たり前な、可哀想な自分。

彼女が死んだって別に自分は特別な人間じゃないのに、何かしら大きな力にしようとして。

彼女の死を傷にすること、彼女の死を刃物にすること、それは生きる上で必要な手段で当たり前のことでした。

彼女の死に心を痛め、彼女の死で人を傷つけ、そうやってしか生きられないと思っていました。いや、そう生きることを知らず知らずのうちに、選択していたんだと思います。

 

彼女の死を認められるとか、認められないんじゃなくて、自分はきっと彼女の死を「何か」にしたかったんだと思います。

それこそ彼女の死を必要としていて、彼女の死を中心にした人生を歩みたがっていました。それは、確かに不自由で苦しいものでしたが、それでもこれが良かったんです。この先に楽しい未来なんて何一つないと思っていたから。

 

だからこそ、未来の無限大の可能性を信じたいと思った時、もう彼女のことを大事に抱える傷にも、人を傷付ける刃物にもしたくなかったのです。

この先変わると思うけれど、とりあえず今は、第三の選択肢を選ぶことにしました。

彼女を自分という存在の一部にしたい。

彼女が亡くなったということを自分で改めて受容したいし、人に認めてもらいたい。

それは理解や共感とか同情ではなくて、事実として。
「彼女を亡くした自分」という存在が、個として今に生きているのだということ。その上で未来を生きたいと思っていること。
開き直りでも劣等コンプレックスでも不幸自慢でもなくて、ただ対等に、自分がそういう過去を辿った人間であったということを知って欲しいと思っています。
そして、あくまで一部だから、彼女が私の全てではないです。
自分を構成する要素として、彼女の生き様も、彼女の死も確かに含まれているけど、それが全てじゃない。彼女が全てではないんです。
彼女のことを他人に知って欲しい時もあるし、そうじゃない時もある。

彼女のせいにしたい時もあるし時にはしてしまうと思うけど、大体関係ないのもわかってる。
自分の全ては彼女ではないから、その場で、現時点での自分が考えて行動する。

彼女の存在をどうとでも取れるような、自由な存在にしたいです。

彼女を引きずってるわけでも、彼女を盾にして進むわけでもなくて、彼女が自分の内にいて共に寄り添っているようなイメージであり、自分はそれが、今とても楽だなあと感じています。

 

彼女のことで心が痛むことがなくなりました。

以前は、昔の手紙とかメールとかムービーとかとてつもなく痛くて苦しくて、でもその痛みすら愛おしかったから、やっぱりその苦しみに酔う人生を自分は望んで選択していたのだと思います。

結局は自己選択であり、その痛みを選択するのも自分だからそれに後悔がなければいいんですけど、自由な世界を見ることすらせずに痛みを選ぶ前に、とりあえず自由な世界と痛みを比較してみないか?と提案してみたいです。

それからでも痛い世界を選ぶのは遅くないんじゃないかなって。自分は自由な世界を見たらもう楽さに驚いて引き返せなくなっちゃいました!

幸せに生きていけない人間なんていないです。全ての人間は、望めば絶対的に幸福に生きられると信じています。

 

そうやって最終的に選ばせるのは本人でも、選択のために人を引っ張ってみたいなあと今、自分は思っています。

最近偶然読んだいくつかの本に「馬を川まで連れて行くことはできるが、水を飲むかを決めるのは馬だ。無理矢理水を飲ませることはできない」と書かれていて、そうだなあと実感しています。

川にすらいけない、もうそれがこわい人をとりあえず川まで連れてって、本人に決めさせる。

そういう意味での自己選択を人に導いていけるようなひとに自分はなりたいです。 

『君の膵臓をたべたい』

最近、アドラーとかいろんな本をふらふらしていたんですけど、久しぶりにちゃんと小説を読みました。 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 
幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 アドラーアドラーで、すごいなあと思いましたが。アドラーがすごいというよりはこの本のアドラー解釈がちょっと過激なのかもしれないです。アドラー心理学はもう少ししっかり勉強したいな。実践するかは置いておいても。あんまり自己啓発本好きじゃないんですよね。

 

 

君の膵臓をたべたい

君の膵臓をたべたい

 

 この本、帯が泣ける!とかだからそういうのがついていると「はいはいお涙頂戴だ」って天邪鬼な気持ちが膨れ上がってしまう捻くれた人間なのですが。表紙もどこか恋愛小説みたいだし、宣伝文も、というか作中文にも「僕は君に出会うために生まれてきた」というのが使われているから、ほんとにベタベタの恋愛なのかな?と思いました。

 

読破して、自己選択の話だと思いました。

女の子の出会いによっていつの間にか変わることを選択していた友達のいない自己完結の男の子が、なお、自分が変わることを自己選択する、強さの話でした。

運命も偶然も存在していなくて、全ては変わりたいと思っていた自分の小さな選択のが積み重ねによる、自分の意思による出会いだった。人はだから、変わらないと思っていても変わっていくし、変わりたいということを選ぶことができる。

自己選択の在り方としてとても希望のある話だったと思います。自分は好きだったし、恥ずかしながらめちゃくちゃ泣きました。

やっぱりフィクションだからこんな上手くいかないよ!とはなるんですけどでも、やっぱり人と人との出会いには何かしらとてつもないものを生むことがあるし、それはやはりフィクションを超えるものが現実にも存在していると思うし、いや実体験として自分も感じたっていうのもあるのですが。それは決してそこから傷付くことを怖がって避けていたら得られないというか。

この世に愛がないことは証明できない って改めて自分は思ったりしています。

もしよかったら、是非読んでみてください。