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人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

『君の膵臓をたべたい』

創作物記録

最近、アドラーとかいろんな本をふらふらしていたんですけど、久しぶりにちゃんと小説を読みました。 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 
幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 アドラーアドラーで、すごいなあと思いましたが。アドラーがすごいというよりはこの本のアドラー解釈がちょっと過激なのかもしれないです。アドラー心理学はもう少ししっかり勉強したいな。実践するかは置いておいても。あんまり自己啓発本好きじゃないんですよね。

 

 

君の膵臓をたべたい

君の膵臓をたべたい

 

 この本、帯が泣ける!とかだからそういうのがついていると「はいはいお涙頂戴だ」って天邪鬼な気持ちが膨れ上がってしまう捻くれた人間なのですが。表紙もどこか恋愛小説みたいだし、宣伝文も、というか作中文にも「僕は君に出会うために生まれてきた」というのが使われているから、ほんとにベタベタの恋愛なのかな?と思いました。

 

読破して、自己選択の話だと思いました。

女の子の出会いによっていつの間にか変わることを選択していた友達のいない自己完結の男の子が、なお、自分が変わることを自己選択する、強さの話でした。

運命も偶然も存在していなくて、全ては変わりたいと思っていた自分の小さな選択のが積み重ねによる、自分の意思による出会いだった。人はだから、変わらないと思っていても変わっていくし、変わりたいということを選ぶことができる。

自己選択の在り方としてとても希望のある話だったと思います。自分は好きだったし、恥ずかしながらめちゃくちゃ泣きました。

やっぱりフィクションだからこんな上手くいかないよ!とはなるんですけどでも、やっぱり人と人との出会いには何かしらとてつもないものを生むことがあるし、それはやはりフィクションを超えるものが現実にも存在していると思うし、いや実体験として自分も感じたっていうのもあるのですが。それは決してそこから傷付くことを怖がって避けていたら得られないというか。

この世に愛がないことは証明できない って改めて自分は思ったりしています。

もしよかったら、是非読んでみてください。