人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

寂しくない自立

最近、色々と片がついたので、両親との距離の話をしようと思います。

まず、仲は悪くないです。むしろめちゃくちゃいいと思います。今、自分は実家から、1000㎞離れて一人暮らしをしているのですが、母親とはよく電話で話したり、うちに泊まりに来て鎌倉に行って人力車に乗ってキャッキャしたり、父親とは本を薦めあったり、二人で知床に流氷を泊まりで見に行った列車の帰路で、愉快に5時間古今東西をしながら帰ってきました。自分が成人した今でも自分が実家に帰ると、三人でもよく温泉とかに行きます。

ただどんなに仲が良くとも、自分の中で清算しきれてないところ、どうしたらいいのだろうということが、いくつかあって、魚の小骨のように喉に引っかかりずっとチクチクしていました。向き合ってないということが負い目としてあったのだろうと思います。あえて逃げているというか。

 

自分たち家族には、一人足りません。

この一人足りないことについては、その欠けた本人も含めて誰も悪くないし責任もない。この空席については、別に三人はもう最初から欠けた一人がいなかったように腫れもの扱いをしているわけでも、その子がいるかのように無理矢理作り出してるわけでもなく、ただ自分たちが三人しかいない。そういう事実が横たわっているしかないんです。

自分は、実家にいるとき、閉塞感と息苦しさをよく感じていました。そして、実家を出て一人暮らしを始め、実家にいるよりずっとずっと寂しくないということに愕然としました。一人なのに。

欠けた一人のある家族を受け入れられなかったというよりは、いや、それもあるのかもしれないのですが、きっと、自分にとって家族の形はやはりどうしても四人でしかなかったのだと思い知らされました。

両親が仕事に行き、そして、週末には旅行に出かけることに対して「置いていかないで」 と思っていたことを覚えています。置いていかれることに酷く孤独感を感じ、だからと言って、ついて行っても足りない席のことが埋められなくて喪失感を感じていました。

前の家族の形を取り続けること、変わってしまって一人残された自分。もはや、前の家族の形なんてどこにあったのでしょうか。自分は何を求めているんだろう。両親は両親で仕事を続けなくては生きることはできない。誰も悪くない。だからといって両親にそばにいてもらっても寂しさが消えることはない。もはや、一人だけ進めない自分が苦しかったです。二人は今までのルーチンワークをこなせばいいのに、自分は今後、新しい未来を自由に選べだって?そんなのあんまりだ。何も見えないよ。いつも通りの日常を過ごすルーチンワークだってそれこそ何よりも辛いはずなのに、自分はやることがある二人のことを恨めしく思っていました。未来を切り開くよりは、繰り返しの方が楽だと決めつけて。だから自分は引きこもることを選びました。

 

自分が生まれる前、夫婦二人で、旅行に行くことが当たり前だったからこそ、両親は二人で旅行としての形は成立するのかなとも思っていました。いつも、子どもが、自分がいつかいなくなることを想定していたと言っていました。そのお陰で、自分は両親には恩はあれど執着はありません。でも、自分にとっての旅行は四人旅だったからしんどかったです。どうしてもいない影を追い続けてしまう。

だから、家を出ました。一人で過ごして、影を追い続けなくて無駄に家族の形を追わなくてよくて、とても楽になりました。

離れてみて、自分にとって両親は、そしてあの実家は必ずしもいるべき場所ではないと確信してしまい、薄情なのかなぁ……としばらく悩んだのですが、それでもきっと実家が存在しているからこそ自分はこうやって安心して一人暮らしができているのかなとも思います。

多分きっと、ずっと離れたかったのだと思います。家を出たい、というよりは家を出てみたいという気持ちはずっとありました。ここは好きだけど、ここに居続ける理由はない。帰る場所であればいいんです。

一度外から見てみて、気付くものがあったらいいなと思って一人暮らしをしたのですが良い選択であったと思います。

 

自分の実家、まあ、北海道なんですけど、もともと少しだけ感じていた北海道の閉塞感をより息苦しく思い始めています。自分の周り、たくさんの友達は殆どが、北海道から全くと言って良いほど出る気がないです。飛行機すら乗ったことない人もたくさんいます。好きだからでないのではなくて、出る選択肢を考えてすらいない。そんなこと考えたことすら、ない。

いるのが当たり前で、その当たり前を疑うことすらしない。自分の正しさの中に住んでいる。

間違っているとは思いません。でもそこだけじゃないのにやっぱり選択肢をかなぐり捨てているようにしかみえなくて、自分が関わっていて息苦しくなりました。

広い目で世界を見たい。多様性を認めて許して人を愛して生きていきたい。

自分も、日本という小さな島国でしか生きていないので一度海外旅行をしたいと思っています。本州から北海道を見たときに発見があったように、外から日本を見て多分またいろんなことを感じてみたいなと思いました。

 

最後に両親に向けて。ありがとうございました。自分は自分の人生を生きるので、あなたたちに物理的や金銭的に恩は返せないかもしれません。それでも、二人は自分に対して恩を返して欲しくて育てたわけじゃないということはわかっています。だからこそ、たくさん甘えて迷惑をかけました。許してくれてありがとう。

だからこそ、自分が生きることで、そしてまた離れていてもともに過ごすことで、物理的な恩より、もっともっと価値のある大切なものをあげられると思っています。関わることでお互いが変わりましょう。

そして、共に幸せになりましょう。