人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

雪に溺れる

朝、起きたら、雪が降り続けていた。

二年前にこっちに来た時は大雪が降ったし、去年もある日、大雪が降った。あれが異常なだけで、こっちでは全く雪なんて降らないと思っていた。

日本にいる限り、思ったより雪は降るのだということを北海道を出てから初めて知った。雪から逃げるには、もっともっと南に逃げないとならないみたいだ。

はらっても落ちない雪をしっとりと身体に染み込せながら、どうしようもなく久しぶりに心が重たくて冷たくて痛くなっている。

 

冬の空気は好きだけど、降る雪は嫌いだ。

凜とした澄んだ空気が好きで、どうやら自分は寒さには強いみたいで、冷気に頬を叩かれたように、気分がしゃんとする。それは雪がちょっと積もっているから、そこから発される冷気が産み出す瑞々しさであって、そんな日は空が、美しく、青く赤く黒く綺麗に色を引き、月も星も白く瞬く。集中力が切れたり、考え事をしたりするとき、窓を開けて空を眺めたり、外に出て星を見たりするのが、北海道に住んでいたときは、とても好きだった。

 

雪が降ると音が無くなる。

何かを持っていってしまうように、雪がすべてを覆い隠してしまうかのように、白だからなんかまるでそれが綺麗で潔白なものであると、わざわさ主張するみたいに、そうやって、目の前からすべてを更地にして奪っていく。だから未だに苦しさと息苦しさを感じてしまう。まるで雪に溺れてしまうみたいだ。

 

あの冬は、雪が積もらなかったのだ。彼女が死ぬまで。

彼女を攫って逝ってしまった雪ごと、どこかで自分はあの白い世界を置いて、生きたがっている。

雪が降るのを見ると、埋められたことを思い出す。奪われたことを思い出す。

 

降った雪に意味が生まれればいい。空から降る雪そのものが美しいと思えて、価値があると思えて、涙を流せちゃうくらい、感動すればいい。埋め尽くして奪う雪だなんて思わないくらい美しい想い出でどうか上書きをしたい。

でもこんなに胸がちぎれるほどしんどくても、空から降る雪は綺麗だなと思う。哀しいものは美しく見えるようにできているのかもしれない。

 

世界で一番大切な人が死んでも世界が回り続けることを知った。世界の終わりを白にみて、全てがもう終わってしまったと思ったけど、それでも終わりは新たな始まりになれると、今は信じてる。

死を雪が埋めてくれた。その白い地平線に終わりじゃなくて始まりを見たい。だから、逃げたいとは思ってても、やっぱり向き合うことをやめたくないんだと思った。このままにしたくない。掘り返さなくていいから、どうかこの白い世界に色をつけて、幸せになって、春を待っていたい。

来週とりあえず帰るから、待っていてください、各位。めずらしく気分は暗いよ。