読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

悲しみに向き合う

低気圧と歯痛と腹痛と精神的ストレスのフルコンボでぶっ倒れてました。これから鎌倉に言って江ノ島の海で叫んで来たいと思います。ふざけんなって。幸せになってくれって。

 

人は自分のためには生きられないんじゃないかなってことを最近思ってる。自分の中だけで自立してちゃんと生きようって思ったってどこかで限界がきて、自分で自分のことなんて励ませなくなっちゃう。

だから、あの人がいるから自分は生きよう。あの人を大切にするから自分は生きなくちゃならないって、人を大切にすることが生きるためには必要なんだと思う。生きて、生きて、いつか笑って死ぬために。

あの人には自分がいないとダメだとか、あの人がいないと生きていけないとか、他者に生存権をぶん投げるような生き方だと、多分自分のことは大切に出来ないんだと思う。

自分を一番大切にするのは、やっぱり結局自分であって、でも自分一人じゃ自分のこと大切に出来ないなんて、おかしな話だけどそんな気がする。

 

悲しみに向き合う、ってどういうことだろうって、この前自主ゼミで話題になった。3.11とかいじめとか離婚とか配偶者や家族の死別とか、悲しいことがあったとき、それをトラウマとか言い訳とかにせずに、前に進むためには具体的に何をしたら、向き合うってことになるんだろう。

アウシュビッツ収容所に入れられた経験のあるヴィクトール・フランクルという人がいて、彼は著書の中である方程式を述べていた。

「絶望=苦悩-意味」

意味という項が0であれば苦悩はそのまま絶望になってしまうが、苦悩と対等、またはそれ以上の意味を見出すことが出来れば絶望はなくなるというものである。言い換えれば、意味のない苦悩が絶望である。

それを引用して東京大学教授の福島智がこう述べている。

この式の右辺の「意味」の項を左辺に移項すると、

「絶望+意味=苦悩」

となり、絶望に何らかの意味を付けてしまうと苦悩になるとも解釈できる。意味さえあれば苦しいから不幸だってわけじゃなくて前を向いて生きて行くことができるのだと。

 

悲しみは絶対なくならないものだし起きたことは変えられないと思う。私だってそりゃ妹を亡くしたという事実だけはどう頑張って捻じ曲げられない。あの時生きてるうちにこんなことをしておけばよかった、とかの後悔はやめた。だからそこは諦めた。彼女の死を何かに生かそうとも頑張ったけど無理だと思った。それでも踠いて苦しんでたら自分より苦しそうな人を見つけて、その時初めて妹が死んだからこそ人に寄り添えることがあるのだと知った。妹が死んだからこそ、寄り添ってもらえる人の優しさを知った。妹が傷でもトラウマでも同情を誘うものでもなく、人と関わるためのツールになった。その時初めて、妹の死に意味が生まれた。妹が死んでしまったからこそ築けたコミニティに支えられて、自分は今、生きている。生きようとしている。

 

悲しみってその瞬間が苦しいんじゃなくて、それを後から何回も何回も何回も反芻して自分のことを責めることが、そしてまた似たような経験にぶち当たって尻込みしてしまうことが、自分の傷としてトラウマとして育っていくんだと思う。あとドラマティックな悲しみがみんな好きだから、その瞬間の悲しみを切り取って、それこそメディアで取り上げたりドラマにしたりしてる気がする。悲しみってもっと長期的なもので、人が死んで悲しいんじゃなくて、あの人がいない人生を歩むことが辛いんじゃないか。

だから、悲しみに向き合うとき、その長期的なものごと向き合わないとならない。人が死んで悲しくったって今の今まで生きてしまっている。その生きてしまっているし、生きれている苦しみに向き合って、その悲しい瞬間の延長線の、今のことをちゃんと見据えないとならない。そして、未来のことも。好きな人をなくした、壊れた、失ったその先、自分はどうやって生きていくのか。

ゲームクリアエンドロールの真っ暗のその先、確かにあなたは生きていて物語は続いていく。ゲームじゃないんだから、人生は愛する人がいなくなったくらいじゃ終わってくれない。

 

人に傷付けられて長期的にできた傷は、特効薬とかなくて結局長期的に直していくしかないんだけど、それでも人によって傷付けられたのなら、癒すのは結局、また、人でしかないと思う。

大好きな家族が離婚してしまったけど自分は生きてる。大好きな家族が死んでしまったけど自分は生きてる。家も全部流されてしまったけど自分は生きてる。

生きてしまってる、んじゃない、ちゃんと生きてる。生きるのを選んでるのもちゃんと自分だ。死ぬのが怖いっていうのも立派な選択だ。

強くあった方が、何かと生きるのは楽だよ。甘えて言い訳ばっかして泣いてた私が、そうやって生きるようになってすごく選択肢が広がった気がする。

だから、あなたも生きて欲しい。