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人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

300の殺人と20000の自殺

つぶやきぼやき

どうしようもないやり切れなさに苛まれたとき、最近知ったあるデータを思い出すようになった。2015年、今、日本国内での年間の殺人による死者数は約300人だそうだ。それに対して、年間の自殺による死者数は20000人を超えている。夜道で突然人に刺されて殺されるより、人間の狂気は、本当は、内にあるんだなということを知った。自分を殺す敵は自分の中にいるのだということがずっと頭から離れない。猛烈に死にたくなるたびに、そのことを思い出して踏み止まるような、振りをしている。

 

いやほんとはね。もっとハッピーなことを呟きたいと思うけど、ここはやっぱりある程度キツい事ばかり抽出しちゃってるので、ここしか見てない人には迷惑や心配を掛けますね。コメントとかくれるなり個人的に連絡をくれれば、擬態してハッピーなこと言えるかもしれないし、逆にここに書くという作業をしたことでハッピーになってることも割とあります。ごめんなさい。あくまでここは掃き溜めでしかないです。あと自分のその時考えていたことを覚えておくためだけの場所です。アクセス数とかそういう数字では何の救いにも足しにもならない。見てるだけじゃなくて、何事もきっと、声を掛けないと何も起こらないのは一緒なんだろうな。

 

自分では、まじでここ一年くらい自他共に、失敗してもへこたれないメンタルの強さを売りにして頑張れてきたんですけど、一週間前とかに余りにもショックなことがあって、ずっと手が震えていて動けなくなっていて、こんな、人は、たったこんなことでショックを受けて立ち直れなくなって簡単に死にたくなるんだあということに絶望してました。こんなに積み上げて自分励ましてきたのに、全部、嘘で無駄だったのか。何も変わらない弱い自分のままじゃんって。ショックを受けたことにショックで、絶望して、死にたくなる自分のこと甘やかしたくなって、誰のことも大切にする気がないのに、とにかく誰でもいいから自分のこと必要だって言ってって吐いてました。

未だに思い出すたびに手が震えるし胸がずっとえずくほど物理的に痛い。精神的なことなのに身体がちっとも動かない。たったこれっぽっちの他人のことで、こんなにもショック受ける自分が弱くて可哀想で、誰かに哀れんで欲しかった。ああ死にたいなあとメンヘラばりのことを思ってる自分が、そんなのとっくに克服したはずなのにキツいなあと、それでも死にたいなあと思ってました。

床に伏せてることしかできないのにだんだん横になることが辛くなる。足が痛くなる。引きこもりの頃を思い出して死にたくなる。部屋がきたないから病んでいくのだとわかっていても、部屋を片付ける気力が湧かない。気晴らしをしても何一つ気分が晴れない。何も考えたくないから現実逃避して眠る。そして夢を見る。当たり前のように生きてるあの子が自分を叱る。泣きながら目を覚ます。

調子がいい時は芋蔓式に全ての物事にプラスの意味づけができるけど、こうやって調子が悪くなると全ての物事にマイナスの意味づけをするから自分の生存理由を疑って、死にたくなる。

 

今回元気になったのは、自分はずっと諦めてたし、周りも言ってたし、ほんとに絶対無理だと思ってたことが、何か知らんうちに叶ってたからだった。めちゃくちゃ泣いた。泣きながら部屋の断捨離をした。どうやら自分じゃなくちゃ駄目なことみたいだったから、ああ生きてていいんだ。15の時に死ななくても意味があったんだって思えたからだった。やっぱり誰かに必要とされたかった。

 

今回のことでこの死にたがりは治んないなと確信したし、諦めた。弱気になった時に、自分は多分、死を逃げ場にしたがる。死なないけど、死にたがりは治らん。

全部が元気になることは無理だし、狂気は自分の中に孕んでるってずっとわかってたのに余りにも幸せすぎて、ちょっと忘れてた。

死にたいって気持ちはずっとあって、それよりも少しだけ、生きたいとか、生きてていいんだって気持ちが上回るから、上皿天秤はぐらぐら揺れて生きる方に傾いて何とか生きてる。

 

いやまじで死にたくなるほど傷ついたので、この傷ついたことは喉元過ぎても、熱さは忘れたくないなあ。傷ついたって事実を忘れたくない。別に向こうが悪いわけじゃない。だから被害者ぶれないし責任転嫁なんてできないから余計傷ついた。結局自分を責めたのは自分だ。こんなに傷ついたのは、相手を信じた自分が揺らいで、過去の自分を疑ったからだ。

 

珍しく最初から、人との付き合い方を間違ったかなあと考えていた。出会わなきゃよかったって今更考えてもどうしようもない後悔をした。

周りに自分は間違ったかな、って聞いたら、やっぱり何かが違うんじゃないかなあと言われた。みんなそういうなら、じゃあ、間違ったのかなあと考えてた。

でも、全ての人間関係なんて最初は信頼がないと始まらないし、そうやって始まった人間関係しか、今、自分は持続してない気がする。

それこそ、好きです付き合って下さいって言って相手の気まぐれで偶然、みんなの言うそういう意味でうまくいっていたとして、結局信頼の存在しないそんな関係だったらすぐに捨てられてポイで二度と口なんて聞いてくれなかったんだろうなと思う。ポイされなかったのも、もしかしたら温情なのかなって一年前のことを思い出していた。ポイされるかもしれないと怖がってたけど、そうされなくてめちゃくちゃ安堵したあの瞬間のことも。

ポイされてもいいから付き合いたいということを目指し続けられなかったから、お前は間違っていたし愛も恋も知らないんだよ、って言われてもよくわからない。そんな簡単になくなってしまうような人間関係は、最初に好きになった時から望んでなかった。

望んでもなかったし自分にはそういう刹那的で人間関係をポイできるような器用なことは、何一つできなくて、仲良くなりたい、わかりあいたいと思った人間に対してはまずはとりあえず、向き合うことしかできなかった。

どんな相手だってそうだよ。母だって父だって、いつもそばにいる友達だって、疎遠の友達でも、目の前の子どもでも。だから好きになった人でも、自分は、その人に一目惚れなんてしなかったから、だから人として、向き合いたかった。

それが間違いだったというなら、世の恋愛の多くが捨てられて断絶して終わりだというのなら、やっぱり自分は強欲だから捨てられたくなんてなかったんだよ。確かな友愛の先にある愛が欲しかった。

友達になりたかった。その想いはずっと最初からあるし、今も変わらないし、今もその友愛の先に本当の愛があるのか、ないのかはわからない。それでも信頼できる友達になりたいと思うって気持ちもほんとだから。

でも、例えば恋が叶わなかったとして、じゃあ積み重ねてきたものも信頼も何もなかったって思いたくも後悔もしたくもないなあと思った。いやでも好きになった相手、いくら積み重ねても更地にしかならないような相手だし、未だにポイって捨てられそうだ。あとそういう可能性がないって断言されて死にたくなるくらい予想以上に傷付いたからなんか全然ダメだ。怖い。傷付きたくない。

 

だから保身に走ることにしますよ〜〜!! なんか本気で他のものも色々探してそれでもやっぱりダメだったらまた帰ってくる。ちゃんと失恋しよう。傷付いた自分をちゃんと可哀想だと自分で言って引導を渡そう。ありがとうね。また、ここに戻ってくるだろうか。