人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

プロローグで終わりにしよう

高校の当時の担任に「どうして学校に来ない。何が不安なんだ。妹みたいに病気になるのが怖いのか?」と問われて、掠ってすらいない御門違いのことしか言えないのか、と驚愕したことを思い出した。教師からもらって残る言葉はそんな的はずれな想像の言葉や、本人は良かれとしてやっただろうなというものが、自分にとっては裏切られた結果となったものばかりだった。

逆に、残る言葉は自分の決断を後押ししてもらった瞬間のものばかりだけど、きっとそこで、その言葉を掛けられなかったとしても自分はそれを選択していたような気がする。つまりは、言葉とかじゃなくて、残るのは何よりも行動だ。後押しする、支えてくれる、ずっと味方でいてくれるという態度が、その場限りの言葉よりも、何よりも自分は信じられるし、実際、途轍もなく救われたのだ。

 

気付いたことがある。自分は妹が病気になったことを中学時代ひたむきに隠してきて、当時の友達に誰も言わないまま、逃げるように高校と浪人を経て大学にきてようやく向き合えるようになった。その上で、ようやく最近小中の友達にぽつりぽつりと話すことができるようになったし、言えなかったのは当時の妹を知る人間がいたからだ。今は逆に妹のことを知りたくて、話して妹のことを改めて共有しながらわかったが、私がシスコンということを案外周りは余り認識していなかったということである。というか、正直誰一人知らなかった。

こんなにも認識されていないのならば「私の世界は妹を中心にして回っていたのは本当か?亡くなった後から無理矢理意味付けをしただけなのではないか?」と自問自答したが、そんなことはなく、まごうことなき本当だし、余りにも当たり前だからこそ、わざわざ周りに言うことも無かったのだなと気付いた。そしてその重さを言わないから当たり前だが、周りは全く知らなかったのである。当時小中の周りに話していたら、それこそ闘病中にしっかり話せていたなら良かったけど、やっぱり死後直後周りに話していたら、当時の自分としては発狂ものだったかもしれない。「こんなに妹を愛してる自分を誰もわかってくれない!」って、いやそりゃ言ってないから当たり前だろ。自分の当たり前は当たり前じゃなかったことに直面した上で、なんだかんだシスコンだね……って事情を知った上で認めてくれる高校と大学の友達はとても貴重でありがたいと思う。器が大きいな。妹を愛してる私を認めてくれてありがとう。ずっとどうされたいか悩み続けていたけど、否定も肯定もして欲しくなかった。ただそうであるものだと受け入れて欲しかっただけだ。それは、妹を知らないからこそできたことなのだと思う。

 

私は特に意識して外で猫被りだったわけでもないけれど、とてもプライドは高かったし、褒められることの多い出来のいい子だった。だから、私のことを完璧だと言わなかった妹がいたことが嬉しかったのだ。妹は私の後をついてきてはいて確かに目標とされていたのかもしれないけど「姉ちゃんは仕方がないよね」と片付けが苦手なこととか、絶叫マシンが大の苦手なことを叱りながら笑う妹のことが好きだった。私が妹の前では限りなく自然体だったと思う。素の自分なんて人間いくつもあると思うけど、少し大袈裟に見栄を貼るけどすぐに剥がされるようなそれでも心の底では信頼してくれてるような持ちつ持たれつの妹との関係性は私は好きだった。確かに出来はいいけど完璧でもなんでもないガサツな私でいることが、私自身一番楽だったのだ。それと似たような関係性を私はきっと、高校と大学で獲得したし、比重として重かった妹の担っていた役割を色々と分配させながら生きている。私は、案外愛がある上でバカにされることは好きだ。

 

プライドが高くて、人に相談することが何よりも苦手だった自分が、びっくりするほど自己開示を軽率に行い、色んな人に支えられて生きている。人に頼って支えてくれることの大切さを知ったし、人に頼ることができるということは必要な身につけなくてはならない能力なのだと思った。私には人に頼るための技能が致命的に欠けていた。一人で抱え込むということはとても傲慢なことだ。自分の事なんか他の誰も気にしてないだろっておざなりにする自分のことを何よりも自分がおざなりにしている。

人に相談したって結局問題は解決なんかしないから無駄だと思っていた。ずっと。

そうじゃない。話すことで整理されるとかそもそも解決を求めてないとか、そんなことですらなくて、人に相談して得られるのは、答えじゃなくて、人と人との関係性だ。相談を積み重ねて築かれた、わたしとあなたの関係性にこそ意味と価値がある。それがようやくわかった。

本質は言葉なんかじゃないんだろう。信じてるよ、愛してるよ。そんなことじゃなくて、態度と行動で示したい。言葉ならすぐに誰だって言える。その場限りで終わってしまう。忘れてしまえる。結局、人が人を信じるのはその貫かれた行動と積み重ねた言葉なんじゃないか。幸せだって、積み重なった何気ない日常の連続なのだと思っている。

 

人と人との関係性が全てだ。それしかわからない。コミュニケーション能力とか、友達が大切だ、とかもっとわかりやすい言葉にしてしまえばものすごく陳腐になっていく。それでも、人と人との信頼関係が築かれるためには、言葉だけじゃなくて行動も積み重ねていくのだし、人に頼るために、私たちはちゃんと自分のことを言語化して伝えないとならない。うまく言語化できないのなら伝えながら自分のことを知っていってもいい。人と人とは完全に理解なんてしあえない。高校教師がどんなに言葉を尽くしたって尋ねたって私の気持ちなんて完全に理解なんてできなかっただろう。でも、わかってほしい。わかりたい。そう思わなかったら何も始まらないし、それがきっとなかったのだ。それは小中の私自身の周りに対する態度もそうだった。

わかってほしかった。妹を好きな私のことを。

わかってくれたから、私は救われた。私自身も妹を好きな私のことを否定も肯定もせずに受け入れることができたのだ。

 

「将来の夢ってなんですか?」

という問いに職業で返さなくていいのだというつぶやきを見た。何になりたいかより、どんな人間になりたいか、どういう生き方をしたいのかってことなのかもしれない。私は、職業を目的じゃなくて手段にしたい。

私は妹を失った痛みに意味を見出すような生き方がしたい。妹が死んだことによって得た、たくさんのことをこれからももっと増やしていきたい。そうしたら、妹が死んだことにすら価値が生まれるし、それはつまり妹が生きていたことへの輝きを増すことにもなるのだ。どうなるかなんてわかんなかったし生きてて欲しかったけれど、妹が生きていたら人の痛みを知らない傲慢な人間のままだったかもしれない。もうそれはわからないけれど。でも、私は今の私が結構気に入っている。それは、妹が私を馬鹿にしたようにみんなが突っ込んでくれて、妹が私を敬愛したように、みんなが私を慕ってくれて、私が妹に頼ったように、みんなが私を助けてくれるからだ。私は妹を失ってもより私として生きている。それに誇りを持てるようになった。

 

自己開示の一環として行ってきたこのブログの存在意義がここで一度果たされた気がしている。私は好きなように私の言いたいことを言語化できたと思うし、それをわかってもらえたような気がする。かなり右往左往したような内容だったが、私の変遷をなんとなくでも感じてくれて、読んでくださった皆さんには感謝してもしきれない。ここで一度エピローグを挟んでいいかな。

 

暇になったら、何食わぬ顔してここに書きにくると思うけど、ここで書くよりもちょっと他に書きたい文章があるなあって感じだ。その告知だけそのうちふらっと現れるかもしれない。

ここでカーテンコールでいいかな。長らくご静聴のほど、ありがとうございました。