人間蘇生だモラトリアム

考察が三度の飯より好きなゲーマーです 一応誰に見せても恥ずかしくないブログという名目です

私の中に答えはある

ブログ読み返すとしんどい。率直に思う。青臭いし至らなさすぎる。

そもそもこの長いブログの殆どが現世のあの人と、天国のあの子に向けた壮大なラブレターのようなものになっているなあと苦笑した。私のここ2年の問題解決はずっとそこをぐるぐるとしている。印刷したら文庫本になりそう。

 

楽しいからやっていたのだ。

最近ほんとにそれを自覚したんだけど、このブログを読み返したら散々書いてあったや。めちゃくちゃ傷付けられてしんどい思いをして、こんなたくさんの言葉に変化するくらい私の心は揺れまくってガタガタなのに、私はどうやらそれも含めて楽しかったみたいだった。

一緒にいたいと思っていた。それは楽しかったからだった。楽しいから関わっていた。それ以上でもそれ以下でもなかった。

目覚める度に全部忘れてく。恋心も同情心も責任感も固執も執着も吹き飛んだその朝の先、でもね、やっぱり一緒にいたことが楽しかった、ってそれだけしか残らなかった。

今、それしか残っていない。

 

それって、ほんとに私一人だけが感じてたことなのかな。想いの強さに差はあれども、あなたにとっては私のことが特別じゃなかったとしても、確かに、あなたも楽しいって思ってくれてたんじゃないのかな。だから、私たち二年間こうやって関わってきたんじゃないのかな。私、あなたにたくさんたくさん傷付けられたけど、冷たくおざなりにされることはなかったって感じてるんだ。

 

だから、それをね。私はどんな形や関係性であろうと、ずっとずっと大切にして繋げていきたいと思っている。刹那的で継続性のないそんなことも思いもよらないあなたの手を掴んで、楽しいからずっと続けたい。私と向き合うことを逃げないでって、私はあなたに提案します。

 

楽しいと思うなら、好きなように進もう。スタートとゴールだけ決めたらあとは目的なんてなくていいよ。楽しいんでしょ。好きなようにやりなよ。会えるの楽しみにしておこうよ。

私の中に答えはあるよ。ここまで考えたんだから大丈夫。そしてあとは、あいつのことを信じてあげて。もう二度とここにラブレターを書きたくない。あいつの手を掴むために、手のひらの怪我が早く治ればいいと思った。